前回のエントリ(稲葉振一郎『市民社会論の再生――ポスト戦後日本の労働・教育研究』合評会に登壇します - もどきの部屋 education, sociology, history)で超絶ショートノティスとなりました社会政策学会・労働史部会での稲葉振一郎著『市民社会論の再生――ポスト戦後日本の労働・教育研究』(春秋社、2024年)の合評会に参加してきました。
参加者はそれほど多くありませんでしたが(そういうタイプの会なので)、報告者の厨先生こと稲葉振一郎さん、第1コメンテイターの松沢裕作さん、司会の梅崎修さんをはじめ、フロアには労働(史)研究のみならず、日本近代史・経済史・経営史、教育社会学などの大御所(?)クラスの先生から中堅・若手の先生・院生さんまで、さらにきわめつけは――稲葉著第1部で中心的に論じられている――東條由紀彦先生ご本人によるオンライン参加まであり、たいへん充実した時間を過ごすことができました。あらためてこうして書いてみると、ちょっとした「歴史」的エピソードみがあります。
フロアには――著書そのものには直接登場しませんが、当日の厨先生の報告資料では重要な位置を占める――氏原正治郎を中心としたいわゆる「氏原工房」による「労働調査資料」のデジタル復元作業に今まさに中心的に従事している若手の先生もおられたので、ぜひこの機会に厨先生的な議論とのクロスオーバーを試みたかったところでしたが、上述のような充実したラインナップと著書・著者の博識・視野の広さがなせる重要論点の多さと、あと主要には私の非力とにより、思ったように実現することはできませんでした。労働調査資料のデジタル復元についてはこちら(東京大学社会科学研究所『社会科学研究』第76巻)に詳しくありますので、ぜひご参照ください。
かくいうわたくしめも、当日のコメントレジュメはA4で全10頁ときわめて長尺に及んでしまいました。これは5頁ずつ、内容的に独立性の高いコメントを2本、並べたからですね。当日はそのうちの1本目(前半)だけ報告いたしました。以下がそれぞれのタイトルと目次です。
「近代/現代」把握と「実践的思想」のあいだ――「二枚腰」のパラドックスを中心に
0. 自己紹介
1. 2つのレベルの準拠問題――学問上/実践的思想
2. 歴史理解――反復する「構造転換」
3. 実践的思想――二枚腰のラディカリズム/保守主義
4. 着地点――「顕教/密教」の(相互反転の反復を含んだ)二枚腰
4-1. 森重雄の「隘路」「挫折」「ポストモダン的堂々巡り」について
4-2. 佐々木輝雄の「「顕教/密教」の二枚腰」について
4-3. 「教育のポストモダン」以後の現状について
上述の(当日しゃべったほうの)内容は、著書そのものへのコメントになっています。キーワードは「二枚腰」です。
0.では、私自身も『「多様な教育機会」から問う――ジレンマを解きほぐすために』(明石書店、2024年)の第2章で――稲葉著・第2部で中心的に扱われている――佐々木輝雄を論じていること、その主張内容の概要および含意と稲葉著・第2部の議論との関係性についての見通しを予告的に述べました。
1.~3.は、おもに第1部・東條由紀彦論の箇所での議論をトレースし、そこでの肝を「二枚腰のラディカリズム/保守主義」に見出したうえで、この「二枚腰(のパラドックス)」こそが本書の軸をなしており、第2部の主題となっていることを主張しました。
本コメントの本論部分となる4.では、森重雄の「批判的教育社会学」はその構想の内実に鑑みて、ルーマンか、エスノメソドロジーか、あるいはその両方に接続すべき要素を備えたものだった、だができなかった、そのことが「森の挫折」(p.135)を決定づけてしまったのであろうとの見解と、さらに佐々木輝雄に先駆的に見出され、かつ――稲葉の見るところでは――2000年代の教育社会学者たちが総じてたどり着いている「「顕教」と密教」の危うい使い分け」による実践的コミットメントについて、その「危うさ」を制御する「方法」の「不在」が気になる――し、自分としても今後の課題として追究していきたい――旨のコメントをいたしました。
近現代日本の教育・階層・社会移動――「教育の歴史社会学」による選抜・配分研究から
1. 「教育問題研究」としての教育社会学――実態調査と歴史研究の両輪
2. SSM調査(社会階層と社会移動に関する全国調査)研究のなかの教育社会学
3. 石田浩(SSM研究/東大社研)を介した教育社会学と労働問題研究の接続
4. 教育社会学による研究の展開と知見(1)――「制度的リンケージ」の発見・重視
5. 教育社会学による研究の展開と知見(2)――近代部門/伝統部門の相互関係と社会移動、「長期持続」と「趨勢加速」
こちらは合評会に先立って、著者の稲葉さんからあらかじめ送られてきた報告資料の内容を見てから、それへのレスポンスとして作成したメモでした。そこでは稲葉さんの問題意識が2点にまとめられています。すなわち、(1)「雲散霧消した大河内一男→氏原正治郎による東大労働経済学の学統の遺産の――歴史研究としての――鑑定と継承」、および、(2)「東條由紀彦「近代から現代へ」スキームを継承したうえでの日本社会論の確立」です。
前回エントリでも記したように、私は「まさかそういう問題意識で書かれていようとは!」という思い――「東條スキームの継承」まではわかる、だがそこから「(現代)日本社会論の確立」とは!という感じ――でこのレジュメを、しかしたいへん興味深く読みましたので、瞬発的に、やや書きなぐり気味に整理したものですが、労働問題研究との接続関係を意識した「教育の歴史社会学」研究のレビューというのはありそうでないですし、たぶんすごい重要な検討課題だとは思うので、もう少しちゃんと形にしてもよいかと感じています。
1.では、麻生誠・潮木守一・天野郁夫・菊池城司らを位置づけています。2.では、ISA共同研究への呼応として実現した1955年SSM調査の実施を契機とする労働問題研究/労働社会学とSSM研究との「分離」、あるいは前者から後者への移行、という視点を仮設的に提示しました。
3.では上で設定した「労働問題研究-SSM研究-教育(の歴史)社会学」の3項関係の視点のもと、(1)石田浩先生を介して労働問題研究と教育社会学との接続がもたらされ、2000年(前後)以降の「制度的リンケージ」の歴史的形成を論じる諸研究――さらに制度的リンケージの視点から広がった「教育から職業への移行」に関する国際比較研究――への展開につながったこと、(2)その過程で「氏原工房」が1950~60年代に実施した「労働調査資料」の個票データのデジタル復元作業への着手がなり、佐藤香先生のSSJDA着任以後、比較的保存状態が良好だった「貧困・社会保障調査」個票を中心に、相澤真一先生(教育社会学)らを軸とする組織的作業の開発と進展、さらにその復元データの二次分析による知見の展開と蓄積があった経緯を整理しています。
「労働調査資料」のなかに認められる「貧困・社会保障調査」の存在・蓄積を稲葉的な――それは「教科書的な」といってもよいものだと思いますが――「労働問題研究」レビュー、とくにそのなかの「社会政策学から労働経済学へ」テーゼのもとにどう位置づけるべきか(という発想を一度もってみてもよいのではないか)という指摘を企図していました(が、そもそもこれは報告していないほうのレジュメなので)。
4.では苅谷剛彦『学校・職業・選抜の社会学』、竹内洋『日本のメリトクラシー』、苅谷『大衆教育社会のゆくえ』、それらとの対比で乾彰夫『日本の教育と企業社会』、さらにそこから菅山真次『「就社」社会の誕生』、Shavit and Muller(1998)などへと至る展開を、
5.では菊池城司『近代日本の教育機会と社会階層』と佐藤香『社会移動の歴史社会学』――おまけでこの両著書刊行後に書いた拙稿「個別歴史性に定位した社会移動研究の可能性」――での議論の要点を整理しています。このあたりは実に20年前の研究水準で止まったままの頭で書いた整理なので、もし今後本格的にこの作業をやるなら要検討。
さて、本エントリはこのあと「当日しゃべれなかったのだけれどもしかしたら重要なことかもしれないので書いておこう」という備忘を書き残すつもりで書き始めたのですが、また例によってすでに字数がかなり膨らみましたので、今日はここまで。



