林竹二,くる?

東大教育学部シラバスをみる.ウェブで.もうとにかく専任教員(しかもかなりのヘビー級の方ばっか)の人材流出が止まらない東大教育学部.でも歴史を紐解けば,とくに最近に始まった傾向でもないけどね.この傾向は歴史社会学的検討に値しますぞ.

なんでシラバスが気になったかというと「史哲」が熱い...気がしたから.今のコース名は知らないんですけど.「基礎教育学」コース,ですか?

最初は稲葉振一郎さん(非常勤)の「統治と生の技法」が気になったので.フーコーインパクト世代で,かつ「人的資本論」再興を秘めたる野望(←おおげさ)としている身としては.

ところが,それにあわせて目に入って驚いたのが川本隆史さんの「西洋教育史概説」.「西洋」ですよ.ちょっとウェブシラバスから引用.

西洋の教育の制度と思想を支えてきた複数の理念(理性、労働、自由、平等など)を思想史および社会倫理学の視座から点検していきたい。その助走路として、プラトン研究に出発し、歴史と現代に向き合いながら《教育の根底にあるもの》を探究し続けた先人、林竹二(1906〜85)の軌跡をたどることにする。

「林竹二」......

いや,うれしい.

教育学部→教育学研究科なんていうところの出でありながら「教育学」とはほんとに離れた,訳わからんところからものごとを考えてきたこの私が,ひょんなことから教員養成大学で「教師論」なんていう教職科目ど真ん中(「教職の意義等に関する科目」)を担当することになって途方に暮れていた着任当初(2006年春),どうやってシラバスを構成しようか悩みに悩んだ末に到達した結論が「林竹二」.「林竹二」を最初の4回分(全15コマ)という導入部分の(批判的検討の)“コア”にする,という選択だった.

はっきり言うが,当時「林竹二」なんて教育学の世界でも“終わった”人だった(んじゃないか?).私の知る限り「教育学」の議論の“最前線”はおろか,辺り見回してもどこにも彼を中心的素材として言及している人は見当たらなかった(私が知らなかっただけかもしれないけど.言及するまでもないほどの「古典」だったのかな? そんな雰囲気感じたことないけど).

それでも考えに考えた末に,およそアカデミックに「教育」を考えたことなど微塵もないような(けれども潜在的にはその欲望を裡に秘めている)教職を目指す学生に対して「教育」を考えさせる最初の取っ掛かりとして,徒手空拳・暗中模索で辿りついた結論が「林竹二」だった.

その選択に自信なんてない.着任当初にもなかったし,今もない.とんでもない勘違いシラバスで講義をやってしまっているんじゃないかと思っていたし,今でもちょっと思ってる.

それが期せずしてここで見つけた,「林竹二」の名前.

正直,うれしい.

自分のなかになんの確信もなく,まわりからのなんの(明示的な)支持もないなかでの「教師論」...必死に講義ノートを作り/直しを続けてきた3年半.そんなに見当違いの方向に歩いていたわけでもないのかもしれない,と感じられた一瞬.

東大の学生諸君.とくに基礎教育学コースの学生諸君.しっかり勉強したまえよ.恵まれてるぞ,きみたちは.面白そうな講義,目白押し.