戦時期の私立大学

伊藤彰浩,2009「戦時期私立大学の経営と財務――『苦難の日』だったのか?」『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要(教育科学)』第55巻第2号.

ご恵投いただきました.ありがとうございます.

大学紀要論文には時に大きな挑戦的研究の予告編・前哨戦ともいうべき野心作が掲載されることがありますが,本稿もまさにそのもの.伊藤彰浩さんはすでに『戦間期日本の高等教育』(1999年,玉川大学出版部)といった大きな研究成果を公刊されている,現在の日本を代表される高等教育論の歴史研究者です.その後も,国会会議録といった真正面の(でありながら実は誰もちゃんと見ていない類の)資料を真正面から地道に読み込む作業を継続されていて,学会報告など(実際に拝聴したことはないのですが)の報告要旨を横目にみては,そのうちどのような形で発表されるのだろうと気になっていたところでした.

まだ大きなゴールへの中間段階とは思いますが,面白い論考です.私立大学にとって戦時期は「苦難」の時代として描かれる研究がほとんどなのですが,それは大学の研究・教育の中身の部分,「大学の自治」「学問の自由」の側面に偏った解釈でしかないとの問題提起.もう一つ私立大学にとって重要な側面は経営と財務.この面からみると戦時期は「志願者バブル的状況」のもとでの私立大学の積極経営と大幅拡張によって特徴づけられる「戦前・戦中をとおして最良の財務状況」を示した時期と位置づけられる.このような論点を代表的な10校の財務・経営データを参照することで示していく内容.

戦時期から敗戦直後にかけての時期は、その後の教育(大学)と社会の関係性の構築にあたってきわめて重要な基底をなしているにもかかわらず、従来の教育社会学(高等教育論)ではその点が十分に分析の俎上にあげられていないのではないか,という問題意識をもつ者として大変興味深く拝読しました.

論考の趣旨は,戦時期を対象とする歴史研究という枠を超えて,現在の高等教育と政府の関係性の再編過程をも射程に含む問題設定であるように思います.軍事/経済の濃淡の違いこそあれ、双方ともグローバル化のもとでの国家間の生存競争という共通の圧力を背景にした大学の再編過程という共通性があるのではないでしょうか.そういう理屈を脇においても,たとえば立命館の拡張主義はすでに戦時期にはっきり現われているとか,小さなネタも豊富.現在の自分が置かれている現状まで振り返らされる論考です.

そうすると今後の最大の問題は,本稿の最後にも指摘があるように,私立大学と政府との関係性のダイナミクスを描くこと.

こういう研究を読むと元気が出ます.

OD>戦間期日本の高等教育

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