生活構造論と社会階層論

一応,「本業」のほうのお勉強も並行して備忘.なかなかはかどらないけれども.

社会階層論は今ではすっかりSSM調査研究と同義になっている感があるけれども,もう少し元をたどれば,むしろ生活構造論や社会政策論系の労働者研究の系譜につながっていくわけで,個人的にはそちらの問題系として社会階層論を考え(直し)たい,という思いをもっている.

とりあえず,この夏休みも鎌田とし子・鎌田哲宏『社会諸階層と現代家族』(御茶の水書房,1983年)を何度目かの再読.阿部・鎌田とし子さんの諸研究はきちんとレヴューしなけりゃと思いつつ,まだ十分ではない.社会学的生活構造論が(こう言って語弊がなければ)上滑りしていく以前の,最良の可能性をもちえていた頃の金字塔.江口英一以降の流れのポテンシャルをきちんと取り出しておかねば.概念装置に未分化ゆえの可能性の所在を感じると同時に「混乱」と見える要素があるのも事実.

それを踏まえたうえで,その先に「生活構造」という概念が単なる「残余」に与えられた名称か,それとも実質的な分析概念として使えるものか,という問題が横たわる.

正直,まだよくわからない.

ネット上ですぐれた「労使関係」論の議論が気軽にみれて本当にいい時代になったもんだと思いながら,まだ十分に消化しきれない自分のふがいなさを呪う日々.

社会諸階層と現代家族―重化学工業都市における労働者階級の状態 1

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