模擬授業メモ

先日、勤務校で学類説明会と称するいわゆるオープンキャンパスが催され、模擬授業なるものを仰せつかった。30分で大学入学前段階の聴衆に向けて「社会学とはどのような学問か」を語れ、とおっしゃる。そう低くはないハードルである。

ということで、当日しゃべった私の手元に用意したメモである。最近私の講義ではこのメモと同様のA4・1枚のハンドアウトを配布して、それにもとづき時に板書も交えながら(ほとんど交えず)しゃべる、というスタイルを採用している。以前とはだいぶ変えた。この日は聴衆の数がやたら多くまた時間も30分と長くないのであえて配布はしなかった。チェックボックスのある行のポイントを大きく見やすいようにしているが、この日のは必ずしもそこが重要だからというよりは、話の転換ポイント(発問とか)を忘れないための用意である。

注意したことは「常識」「自明性」「疑う」の3語はNGワードにしたことである。これをキーワードにして説明した(された)と考える方々もおられるようだが、それらを用いてなされがちな説明はおよそあらゆる学的営為に共通する要素を語ることにしかならないため、社会学という学問固有の性格を語ったことにはまるでならないのではないか、と疑っている。たとえば(先日ついったでも話題になったと記憶するが)、それでガリレオの学的営為と社会学とをどうやって截然と分かつのか(できるのかもしれないが)、ちょっとよくわからない。

話のオチは稲葉振一郎社会学入門――〈多元化する時代〉をどう捉えるか』(NHKブックス、2009年)からとった。今のところ日本語で書かれてある社会学の教科書のなかでは、私にはこれが一番しっくりくる。プラグマティックな意味で。だが話のとっかかりと途中の展開は別枠で進めさせていただきました。

□「社会学」のイメージ
なんでもやれる、でも結局なんなのか
政治・法・経済・教育・心理、文学・歴史学、物理・化学・生物・・・・・・
国家の権力、国際紛争、資本主義経済、学歴社会、キャラ化する子ども/友だち地獄・・・
19C半ば〜19C末、新興学問、経済学・心理学・・・『自殺論』


□(対象としての)「社会」とは何か
この講義、受講者が1人、受講者が0人、無人島、横たわる死体、意識のない生者、犬、桜の木・・・・・・
〈関係〉・〈つながり〉


□最小単位は何か
人?(意識不明、胎児、動物、植物)、行為(≠行動)・・・意味‐理解
意味世界


□問題1:観察者の視点
2重化


□問題2:行為(意味‐理解)を支えるもの
あいさつ(おはよう!)、いじめ


□「台本」がある、「台本の共有範囲」?
こちらのほうが先なのではないか?、???


□方法論的個人主義、方法論的全体(社会)主義
個々の総和=全体、個々の総和≠⇔全体(個々の総和を超えたもの)、社会化


□対象の同定 ⇔ 対象を説明する「基礎理論(一般理論)」の不在


□〈関係〉・〈つながり〉、〈共有されたパターン〉、〈その可変性・多様性〉についての学問
「シンプルな前提で多くの現実を説明する」というところまで洗練されてない、体系化
泥臭くデータを収集し分析する、そのためならどのような方法(統計・数学・参与観察・聞き取り・歴史・・・)をもいとわず採用する


□私の研究テーマ:格差・・・教育と労働
観察レベル1:現実はどうなっていて、なぜそうなっているか?・・・社会問題の折衷科学
観察レベル2:(なぜ〈現実〉はこうなのに)〜〜だという観念が共有されている(という現実がある)か?・・・「異化」を繰り返す問題発見の学

社会学」に興味をもつ受験生は今も少なくないようだ。そして例によって「でもよくわからない」という印象がある。その「よくわからなさ」を性急に解消して理解(誤解)を深めようとするよりは、その「よくわからなさ」(それが「魅力」の源泉の一つでもあるだろう)のよってきたるところの理解が一歩でも進めばよいのではないかと考えた。「社会学」が多元化している現状で(そのこと自体「社会」の多元化の現れでもあるらしい)、適切さに欠ける最大公約数をもちだすよりは、なぜ多元化せざるをえないかを考えてもらう方がよいのではないか。それがすでに「社会学する」ことではないか。

同業者の方にはご批判いただければと。

入口はどこにでもある。それは「魅力」だろう。だが同時に「入口」と「最先端」の距離は(体系化が進んだ学問ほどには)遠くない。それは学問としての「弱点」だろうと私は思う。それは現時点での与件だから、一人ひとりの研究者はその地点からそれぞれなんとかしていくしかない。

ともあれ受験生のみなさん、大学でお待ちしております。いっしょに社会学を学びましょう。

社会学入門 〈多元化する時代〉をどう捉えるか (NHKブックス)

社会学入門 〈多元化する時代〉をどう捉えるか (NHKブックス)