矛盾の「解決」

リンク先引用文末尾、「生活」と「能力」のアポリア

それは賃金制度が解決すべき「分配の正義」と「交換の正義」のダブルバインドの、現代における特殊日本的な現われだとひとまずはいえる。

賃金は労務の対価として市場における「交換の正義」に従うべきであるが、他方で労働者が生計を立てる原資として「分配の正義」にも従うべきである。「働きに応じて」、同時に「必要に応じて」。だが「働き」と「必要」とは多くの場合矛盾する。「働き」の乏しさと「必要」の大きさとは、しばしば同じ要因の帰結だからである。これが賃金制度が普遍的に直面するダブルバインドである。

賃金制度はこの矛盾を整合的に解決する必要がある。ひとつは欧米の職務(ジョブ)型社会が導出した解である。すなわち、あくまで賃金は市場における「交換の正義」に従わせ、「職務」の対価として位置づける。同一労働同一賃金の原則である。労働市場の集団的プレイヤーとしての労働組合は、「交換の正義」を充たす賃金を「分配の正義」にかなう水準にまで引き上げようと試みるが、それでも賄いきれない部分は福祉国家(による公的扶助などの給付)を通じて純粋に「分配の正義」にもとづき補う。

だが日本では、一部の経営者も労働者の自発的結社たる労働組合も、賃金は第一義的に「分配の正義」に従うべきだと位置づけ、「交換の正義」の追求を否定した。それにより電産型賃金体系に象徴される生活給制度が確立するが、その後、経営側がその「合理化」をめざすなかで「能力主義管理」が発明される。経営側による「能力」査定の結果を、右肩上がりの賃金カーブの「角度の差」として定式化する賃金制度である。

ここで生起したことは、(外部労働)市場での「交換の正義」の追求を否定し、企業内部での「分配の正義」の実現をめざして構築した生活給を、「能力」(=どんな職務についても「働き」を発揮しうるポテンシャル)の対価として(内部労働)市場における「交換の正義」に従うものだと読み替え、正当化するという事態である。賃金カーブの上がり方の差が「能力」の差なのだとしたら、「右肩上がり」そのものは「能力」の開発・増大の結果だというわけだ。

どちらも賃金制度のダブルバインドを統一しようと導出された解決策だが、注目すべきは、前者(欧米)では2つの正義の矛盾が維持されたままであるのに対し、後者(日本)ではそれが解消・消滅してしまっていることだ。

前者では賃金はまずもって「交換の正義」に従う。可能な限り「分配の正義」も追求するが、それは究極的には無理だろう(=矛盾の解消ではなく維持)。だからこそ、賃金(制度)では取りこぼしてしまう「分配の正義」を実現するために、たとえば福祉国家を通じた公的給付は絶対に必要であり、追求されなければならない。そう論じる道具立てが残る。

だが後者は、「分配の正義」を追求して構築したものを「交換の正義」で読み替えて(=正当化して)しまった。だからもう「2つの正義の間の矛盾」などない。解消・消滅である。だからといって「交換の正義」に従う賃金(の実態)がつねに「分配の正義」にもかない、すべての者の生活の必要を充たすと期待などできないことは上述した通り(「両者は多くの場合矛盾する」)。

にもかかわらず、「分配の正義」を論じる根拠はもはや存在しない。日本ではそれは「能力」を対価とする「交換の正義」によって上書きされてしまっているからだ。年齢と性別を問わない非正規化の進行する日本社会が「交換の正義で掬えない分配の正義を正面から論じる道具を見失った」というのは、このことだ。

したがって、「生活」と「能力」のアポリアとは、「生活(給)」(=分配の正義)を「能力(給)」(=交換の正義)で上書き(読み替え/正当化)してしまうことで、2つの正義を2つながら追求する道筋を見失い、立ち至った行き詰まりだといえるだろう。

それは端的には、正規労働者と非正規労働者の間の著しい待遇格差の是正、とくに後者の生活保障をいかに実現していくかの方途をめぐる合意が成立しがたい事態として浮上している。これを解決するためには、あらためて2つの正義のダブルバインドを整合的に統一しうる賃金制度を再構築しなければならない。

まずは「生活」と「能力」とを切り離し、この「能力」をより客観的で労働者による検証も可能な別の指標に切り替えたうえで、「交換の正義」を優先するのであればそれが最大限「分配の正義」とも両立しうるための条件を構築・維持するとともに、それでもなお後者の実現から零れ落ちてしまう対象を正しく掬いあげる方策をも同時に用意し強化する。これだけの課題が折り重なった困難であると言い換えることもできる。

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「制度を構想、設計し、再編する」というときに、私たちはつい複数の理念・正義のあいだの「矛盾」を「解消」してしまおうと発想する。あるべき望ましい未来設計に「矛盾」などあってはならないのだと。優等生の発想だ。そうではなく、「矛盾」に定位するのだというときに、今度はそれを「敵対」する理念・正義のあいだの「闘争」関係とのみとらえてしまう思考法へとあまりに容易に裏返る。反逆者然とはしているものの、これもまた裏返しの優等生にすぎない。

そのいずれでもなく、矛盾と対峙する。矛盾の「解決」は、解消であってはならない(解消などできないのだから)。矛盾を解消するのではなく、保持しつづけること、そして「発展」させること。

「公教育」のことを念頭に。何度でも引用しよう。戦後直後の単線型学校体系と労働の場での技能者養成とを単位制クレジットによってつなげようとする技能連携制度の構想(教刷委第一三回建議)に言及しつつ、「教育の機会均等」理念を論じた佐々木輝雄から(引用中の太字は原著傍点)。

第一三回建議の「学校でないけれどもクレジットを与える」、つまり技能連携制度化提案は、学校教育法の体制下において追及された「教育の機会均等」概念あるいは教育制度観とは異質なものを提起している・・・。この異質なものとは何であろうか。この疑問を解明するためには、・・・学校教育法体制下において追及された「教育の機会均等」概念あるいは教育制度観が、いかなるものであったかを吟味し、そしてそれと比較しなければならない。


(中略)


学校教育法体制下の高等学校教育への「教育の機会均等」の内実・・・・・・は、学校制度内教育の機会均等であった。


かかる「教育の機会均等」概念は、教育基本法の「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。」(第二条)、「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。」(第七条第一項)と比較する時、極めて限定的な概念であった。しかし、教育基本法は「家庭教育及び勤労の場所その他において行われる教育」、つまり社会教育の普及を、国民の教育機会の拡大の見地から規定したにもかかわらず、しかしこれ等の社会教育を「教育の機会均等」の視座から、学校教育と如何に関連づけるかについては、何等具体的に規定することはなかった。


教刷委第一三回建議の「教育の機会均等」概念、「学校でないけれどもクレジットを与える」の狙いは、まさにこの課題に答えようとするものであった。そこでは、「教育の機会均等」の保障は、学校教育法体制下にみられる、いわば学校制度内教育の機会均等の追及と、教刷委第一三回建議の技能連携制度化案にみられる、いわば学校制度外教育の機会均等の追及のパラドックスによって,はじめて実現するものと捉えられたのである。


(中略)


新学制下の「教育の機会均等」概念は、学校制度内教育の機会均等学校制度外教育の機会均等の二つの相貌を持っていた・・・


教刷委第一三回建議は、かかる「教育の機会均等」概念を提起した結果、その教育制度理論においても学校教育法体制下のそれとは、異質なものを構想する。


教刷委第一三回建議第三項の意図は・・・、「技能者養成所」等での教育に、「単位制クレジットを与える措置を講ずること」によって、これ等学校制度外教育施設で学習する勤労青少年に、「高等学校,更には大学へ進みうる」道を開くことにあった。


同建議はかかる意図を実現するために、これ等教育施設に高等学校の単位制クレジットの授与条件として、これ等教育施設を高等学校に認定すること、換言すれば機関指定を前提としないことを構想した。つまり、そこでは個々の教育行為それ自体の実質が重視され、その教育行為が学校制度下の教育であるか否かは、余り問題視されなかったのである。


かかる教育制度観は、学校教育法体制下において追及された教育制度観と著しい差異を示す。と云うのは、高等学校制度外の「教育の場」を是認し、しかもその教育に高等学校のクレジットを授与することは、教育制度上、高等学校の多様化を図り、いわゆる「袋小路」を作るかのように見えるからである。文部省が第一三回建議に反対したのも、この理由からであった。


しかし、建議の教育制度観によれば、「教育の機会均等」を保障する教育制度とは、個々の具体的な教育行為を取捨[ママ]した、制度的整合制[ママ]を持ったシステムにあるのではなく、個々の教育行為それ自体の実質を重視するシステムでなければならないと捉えられた。従って、同建議が一見多様な制度あるいは「袋小路」を構想しているかのように見えても、それは個々人の教育プロセスでの多様化であり、個々人の教育ゴールでは単一な制度として、止揚されるのである。


この二つの教育制度観の対立は、組織志向による「教育の機会均等」論と、個々の教育行為志向の「教育の機会均等」論の対立とも云うべきであろう。所与の条件の下での「教育の機会均等」の保障が、勿論この対立の中に実現するものであったことは云うまでもない。


しかし、戦後教育制度改革の実施過程はこの対立を発展させるのではなく、学校制度内教育の機会均等あるいは制度的整合性の追求を中核にして展開するのである。そしてその展開過程においては、「教育の機会均等」を保障するために、個々の教育行為を排除あるいは切り捨てるという自己矛盾を犯すのである。


その結果、戦後教育制度改革は高等学校さらには大学進学率の上昇という形で、「教育の機会均等」の保障を実現しながら、しかし他方ではこの教育の大衆化の背後で学校間格差を助長し、学校教育の空洞化を拡大させることになったと云っても過言ではない。(『佐々木輝雄職業教育論集 第二巻 学校の職業教育――中等教育を中心に』多摩出版、283-5頁)

(復唱)「所与の条件の下での「教育の機会均等」の保障が、勿論この対立の中に実現するものであったことは云うまでもない。しかし、戦後教育制度改革の実施過程はこの対立を発展させるのではなく、……制度的整合性の追求を中核にして展開するのである。そしてその展開過程においては、「教育の機会均等」を保障するために、個々の教育行為を排除あるいは切り捨てるという自己矛盾を犯すのである。」

「「教育の機会均等」の保障は、学校教育法体制下にみられる、いわば学校制度内教育の機会均等の追及と、教刷委第一三回建議の技能連携制度化案にみられる、いわば学校制度外教育の機会均等の追及のパラドックスによって,はじめて実現するものと捉えられたのである。」

以上。