【恵投御礼】『子どもと貧困の戦後史』

連休の谷間の昨日、大学に出向いたところ、すばらしい共著の本が2冊、レターボックスに届いておりました。

1冊目は、相澤真一・土屋敦・小山裕・開田奈穂美・元森絵里子『子どもと貧困の戦後史』(青弓社、2016年)。目次等はこちら

著者のみなさまよりお送りいただきました。ありがとうございます。

東京大学社会科学研究所に調査原票が保存されていた2つの社会調査、いわゆる「貧困層の形成(静岡)調査」(1952年、労働科学研究所実施「被保護世帯についての生活調査」)と、「『ボーダーライン層』調査」(1961年、神奈川県民生部実施「神奈川県における民生基礎調査」)の復元作業とそのデータ分析に立脚した、計量歴史社会学/計量社会史の試みです。現在の「子どもの貧困」問題の構造的理解に寄与しうる戦後史像の描出がめざされています。

「子ども」と「貧困」は戦後直後には密接な結び付きのもとで可視化されていましたが、やがて不可視になり、21世紀に入った今ふたたびクローズアップされています。本書の分析の視点は、「子ども」が貧困からの脱出を助ける「エンジン」とも、貧困にとどまらせてしまう「重荷」ともなりうる両義性へと焦点化されます(序章)。

全168頁と小さな本ですが、今後の計量社会史研究にとって重要な里程標となるでしょう。特筆すべきは、その「方法」です。

。。。と、ここまで書いてきて、これはこのままいくと本格的な書評になってしまいそうなので、もうやめます。

ただ一点だけ、本書が2つの社会調査データの復元作業に立脚しつつ、その計量分析の結果を、他の公開データやマクロ統計、さらには新聞記事・教育社会学の教科書・中学校の生徒会誌などの文書資料との相互参照のもとに慎重に位置づけながら、戦後日本社会像を描き出そうとしている姿勢は、やはりここで特筆しておきたいと思います。

計量的な二次分析を主たる内容とする章(1章・3章・4章)のあいだに、新聞記事を素材とした2章と、教育社会学の教科書・中学校の生徒会誌を分析対象にした5章がきわめて効果的に、有機的な関連性のもとに配置されています。それも重要であるのはもちろんなのですが、それだけではありません。

1章、3章は「貧困層の形成(静岡)調査」の分析、4章は「ボーダーライン層」調査の分析をそれぞれメインとしていますが、そのうち1章は静岡調査の調査票のなかにある自由記述の質的データと2005年SSM調査データの分析結果も併記しながら、また、3章は、文部省「公立小学校・中学校長期欠席児童生徒調査」への参照のもとにデータ分析の結果を位置づけながら、論述がなされていきます。当たり前の話にしかみえないかもしれませんが、このことの重要性は強調されてよいことです。

社会調査の原票の復元作業とその二次分析にもとづく計量社会史研究は、このように行なわれなければなりません。

小山裕さんの章の最後の部分から引用します。

本章で折りに触れて指摘してきたように、特定のカテゴリーを使って、原理的には一つ一つ異なるはずの出来事を分類していくという調査実践は、調査の設計者や実施者の意図や意識に規定されていて、それが結果にも影響を及ぼしていく可能性は否定できない。それでもほかのデータや歴史的事実と突き合わせて批判的に検討していくことで、表面上の字面や数字の背後に厳然と存在する歴史的現実に接近することができるはずだ。(99頁)

まさに。恐縮なことに拙論まで参照してくださり、わが意を得たり。

「社会調査の原票の復元作業とその二次分析にもとづく計量社会史研究」はここまできた――全168頁からなる本書は、あきらかにそのメルクマールとなる労作だといえるでしょう。

子どもと貧困の戦後史 (青弓社ライブラリー)

子どもと貧困の戦後史 (青弓社ライブラリー)