「課題研究の報告」と「テーマ部会の募集」

もう去年の話になってしまいますが、こちら(課題研究「戦後の教育政治を問い直す@駒澤大学9月10日(木))で告知していた企画には多くの方々にお集まりいただき、盛会のうちに終えることができました。報告&コメントくださった登壇者や当日会場でお手伝いいただいた学生のみなさん、議論の場に足を運んでくださった参加者の方々に、あらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。

「課題研究の報告」として当日の議論まとめも載った学会ニュースレターが日本教育社会学会のホームページにアップされました。本部会の部分は下記の通りです。

課題研究1:戦後の教育政治を問い直す


報告1:教育行政学は政治をどう分析してきたのか 
 村上祐介(東京大学
報告2:戦後教育における「市民」の位置――日本型生活保障システムとの関連で
 仁平典宏(東京大学
報告3:教育研究運動は、近代学校批判をどのように受け止めたのか
 松田洋介(金沢大学


討論者:広田照幸日本大学)、木村元(一橋大学
司会:森直人(筑波大学


戦後日本の教育政治は、保守と革新、文部省と日教組、国家の教育権と国民の教育権といった二項対立図式を軸に展開され、教育アカデミズムもまたこの政治図式に規定されてきた。しかしながら、1990年代以降、冷戦体制の崩壊によるグローバル化の新たな展開や新自由主義新保守主義的改革の進展により、この二項対立図式と教育システムそれ自体が揺らぎつつある。これまで二項対立的な政治図式を相対化することで知的批判性・卓越性を確信してきた教育社会学が、現実の変動のなかで、自らの依拠する価値前提に自覚的にならざるを得ない局面は拡大しているが、「政治」を対象化した研究の蓄積が不十分なこともあり、教育政治をめぐる議論には未整理の部分も多い。そこで本課題研究は、戦後の教育政治を振り返り、戦後教育をめぐって産出されてきた認識のあり方を歴史的に対象化することを目指し、それがいかなる政治的・社会的文脈のもとで生成され、どのような機能を果たしたか、そこにどのような限界や未発の契機があったのかを検討した。


第1報告の村上祐介氏は、「誰が教育を統治しているのか」を扱うのが教育政治の分析であると規定したうえで、これに最も近い領域としての教育行政学が、これまでどのように政治を分析してきたか、その成果と課題を整理し、今後の教育学・教育社会学が何をなすべきかを提起した。厳しいイデオロギー対立のもと、教育行政学は、教育内容などの内的事項に関して政治は教育に関与すべきではないとして、分析の埒外に置く自律化戦略をとってきた。そこに一定の意義はあったが、本来論証すべき仮説であるはずの「教育の固有性」を前提とした議論は、2000年代以降の教育委員会制度廃止論など政治主導の改革案に対し、有効な批判が難しいなどの弊害が現れている。今後は、政治的中立とは何かを問う理論的検討や、さまざまな主体・レベルの「政治」を観察する必要があり、教育社会学には「権力」概念の問い返しや実態分析などで独自の役割が求められると結論した。


第2報告の仁平典宏氏は、教育の外部に社会保障という参照点を設定し、福祉国家の給付/規制的側面とも対応した「欠乏/恐怖からの自由」を目指す戦後的価値の継承という切り口から、教育学説の「自閉化」と呼ばれる現象を問い返した。戦後初期の教育学が市民社会論と同じ地平において給付/規制双方の問題を射程に入れていたのに対し、むしろ教育社会学のほうが教育機会の平等な提供という問題設定に偏り、結果の平等や差別・抑圧からの自由を等閑視してきた。教育学の自律化/自閉化と観察された現象は、1960年代の日本型生活保障システムの成立にともなう疎外論的問題設定の前景化によるが、同様の転回がみられた社会福祉学ではその後、福祉国家拡張という政策的ベクトルと接合していくので、「自閉」は必然ではない。国家を敵手とみなすのではなく、教育学的理念を福祉政治の言葉で翻訳し直すことで、戦後的価値の継承が可能ではないかと提起した。


第3報告の松田洋介氏は、教職員組合運動と並走してきた教育研究運動が1970年代以降の近代学校批判をどのように摂取し、いかなる議論が立ち上がったか、教育科学研究会における批判と応答の展開を概観し、そこに伏在する現代的意義と課題を検討した。教科研の論者たちの議論には、教育科学に還元されない社会科学の知見が有機的に組み込まれており、戦後の教育学が政治や経済から距離をおいた地点に学問的基盤を据えたとする認識は一面的である。むしろ、そこで語られた政治や経済の内実の再解釈をつうじて、やや陳腐化した二項対立的な教育政治把握を相対化する必要がある。民間教育運動なしでは学校現場を政治的な空間として対象化することは困難であり、その歴史的検討のなかで、政治的構想と教育構想の布置連関がいかなるものであったかを問い、政治にのみ規定されることのない教育の社会性を逆説的に浮かび上がらせていくことが重要だと指摘した。


1人目の討論者の広田照幸氏は、3つの報告に共通する視点を「戦後教育研究の失敗の歴史」と総括したうえで、(1)その説明枠組みは今後の教育政治の現状分析を行うツールたりえるのか、(2)戦後教育の歴史そのものを扱う際にも、その分析視点・理論・概念をどこから調達するのか、さらに、歴史研究の戦略目標をどこに置くのか(政治的中立を掲げた運動の政治性を暴露するだけの作業にならないか)、といった問いを提出した。


続いて木村元氏は、広義の教育学研究の立場から、各報告に問いを投げかけた。村上氏には、教育(行政学)の価値(中立性)をどう考えるか、とくに黒崎勲の学校参加論をどう捉えているか、仁平氏には、教育と福祉あるいはケアとの基本的な枠組みの違いをどう考えているか、松田氏には、民間教育運動の多様性の叙述から二項対立を突破する新たな戦後教育史を構想する際に直面する問題に対してどういう見通しをもっているかを問うた。


フロアを交えた議論では、1990年代以降のネオリベラルな潮流に対抗する制度構想を考えるうえでも重要な、1970年代にありえたかもしれない教育政治と福祉政治のフレーム接合という仁平氏による論点提起をめぐり、活発な質疑応答が行われた。政治的中立性を考察する際の鍵となる教育(行政)の専門性という観点など、十分掘り下げられない論点も残ったが、今後の本格的な戦後教育の歴史研究の展開につながる問題意識が共有された。

上記リンク先にあるニュースレターPDFファイルでは他の2部会、「「子どもの貧困」に教師はどう向き合えるのか」と「量的教育データ収集の課題と展望」についても、同様の議論まとめを参照することができます。おかげさまで、今回の大会における課題研究はどこも盛況だったようです。私がかかわった「戦後の教育政治」部会も用意した資料120部がはけましたが、「子どもの貧困」部会もそれに近く、また120部を超えて最多オーディエンスを集めたのは「量的教育データ」部会だったと耳にしました(本学会の課題研究では1部会・最大120部の資料を用意する、というのが集客の一つの目安になっているようです)。

この学会の課題研究というのは、15名ほどからなる研究委員会という2年任期の学会内組織が、企画の立案から趣旨文の作成、登壇者のリストアップとコーディネート、部会の運営、討論の整理と記録までを担当します(私も今回指名されてはじめて知ったのですが)。企画の立案から趣旨文の作成、登壇者のリストアップまでの過程では、委員会内部での議論でかなり揉まれることになります。他の企画に対してコメントもしましたが、自分の企画に対してもコメントを貰いました。2年間に2回の大会で各3部会ずつ、計6つの企画の検討に立ちあいましたが、何を隠そう、私がかかわった「戦後の教育政治」部会がいちばん「ボコボコ」にされたといって間違いありません(泣

フワっとした企画書を出してしまった委員会での議論当日、つぎつぎに他の委員からツッコまれる姿を見かねた委員長・母熊先生から「きみたちこのままだと今日中に企画が固まらずに終わりそうだしそれだと100パー詰むんで悪いけどこのあとの議論に参加しなくていいから隣の別室行ってもいっかい企画を立て直してきてくれるかな、至急! よろしく!(大意)」といわれ、別室隔離されたのも今となってはいい思い出です。つまり、真剣(まじめ)に議論したということですね。「あ、これあれや、いまボコボコになってるの体や」と、忘れていた感覚をひさしぶりに思い出すことのできた、たいへん得がたい貴重な経験となりましたまことにありがとうございます。

そういう経験を踏まえていえば、自分が直接企画に携わった部会に120部の資料がはけるぐらいの人が集まったという事実より、他の部会もそれに勝るとも劣らぬ数の人が集まり、「今年の課題研究はどこに行こうか迷うよね」といった声を複数の方角から耳にすることができたことのほうがうれしいですよね。

企画の焦点が定まりきらなかったことにはいくつか理由があると思いますが、その一つは、具体的な実証研究の蓄積に十分立脚して組み立てられたものではなかったことに由来するのではないかと思います。その点は当初からある程度開き直ってはいて、むしろ今回の課題研究をきっかけに、そうした視角も横目で視野に入れつつ、戦後教育の歴史研究がある程度の焦点の共有を図りながら進展していく叩き台になってくれれば、と思わないでもありません。

そういう意味では、同じ学会ニュースレター後半に、新・研究委員会より次回の第68回学会大会@名古屋大学において「テーマ部会」の開催募集の告知がありますが、本課題研究をきっかけにした感じの研究報告が3〜4本ほど集まるメドが事前に立てば、私が800字の趣旨文・企画書を用意してこれにエントリしようかなと考えています。

その方向性に関心があるかも、という方は森まで簡単な研究テーマ・報告タイトル案など添えてメールでご連絡いただければ幸いです。テーマ部会のエントリ締め切りが3月16日とのことですので、今から約1か月後の2月下旬までをメドにご連絡ください。

よろしくお願いいたします。