盛会御礼:「戦後日本社会における都市化のなかの世帯形成と階層構造の変容」

規模の面でというよりは、得られた知的刺激という点で。

それも受けていたのは私だけという話もあるわけだが。

前エントリでお知らせした通り、先日、「戦後日本社会における都市化のなかの世帯形成と階層構造の変容」と題する二次分析研究会の成果報告会が開催されました。調査原票からの復元=デジタル化作業の途中段階ということで、データ分析そのものの報告というよりは、むしろ二次分析を通じた計量社会学的な歴史研究に必須の「データ批判」の作業を四者四様の角度から展開する報告会となりました(といっても「データ批判」とはすでに「データ分析」の一部なわけですが)。

ここで問題としている「団地居住者生活実態調査」(東大社研『労働調査資料』No.64)とは、1965年に神奈川県民生部と東京大学社会科学研究所との共同実施による、日本住宅公団(1団地)、神奈川県住宅供給公社(1団地)、神奈川県営(2団地)、川崎市営(2団地)の計6つの「団地」居住世帯を対象としたものです。世帯構成と各世帯員の属性、消費財の所有状況と既成品・クリーニングの利用頻度を問う設問のほかは、夫と妻の平日・休日の24時間自記式(アフターコーディング)の生活時間調査と、子どもなど夫婦以外の世帯員の簡略版生活時間調査(平日・休日)を内容とします。

私の報告では、既刊の報告書(神奈川県編, 1969,『団地居住者生活実態調査報告書』)をもとに当時の調査目的を抽出しつつ、とくにその「ソーシャル・ニーズ」測定の主たる対象とされた県営・市営団地への入居申込資格と、比較対照群としての公団・公社団地への入居基準、およびそれらの抽選倍率などの周辺情報の検討を加味して、調査対象世帯の特性を素描しました。さらに生活時間調査の国際的潮流のなかで本調査を位置づけたうえで、今後の分析課題(「データ批判」、「社会学的対象としての『団地』」、「生活時間の計量分析」の3点)について簡単に触れました。

(※以下、各報告やコメントの内容理解はすべて森の記憶と解釈による再構成を経たものです。)

続く相澤さんの報告は、1960年代前半に立て続けに行われた神奈川県民生部+東大社研の共同調査――1961年・神奈川県における民生基礎調査(『労働調査資料』No.60「ボーダー・ライン層」調査)、1962年・福祉資金行政実態調査(同No.61「福祉資金の経済効果調査」)、1963年・神奈川県における老齢者生活実態調査(同No.62「老齢者の労働・扶養調査」同No.62)、1964年・社会福祉意識調査(同No.63「ソーシャル・ニーズ調査」)――の文脈に本調査を位置づけつつ、消費財所有状況の簡単な分析を踏まえたうえで、翻って「ボーダー・ライン層」と公営住宅入居層との間の断層と連続性とを捉え返そうとするものでした。

前エントリでも触れたように、相澤さんはすでに「ボーダー・ライン層」調査の復元作業に着手済みです。それとの比較対照が興味深いのはもちろんですが、それにしても、60年代前半に文字通り毎年のようにこれほど質の高い大規模社会調査を可能にした神奈川県民生部と東大社研との結びつきについては、これを機会に関係者(のまた関係者)へのオーラル・ヒストリーをしっかり残しておくことも重要な課題でしょう。

休憩をはさんで行われた小山さんの報告は、まだ基礎的検討の段階とはいえ――私の考えるところの――「データ批判」と呼ぶべき作業をもっともよく体現するものでした。本調査の世帯類型別分布と国勢調査の「準世帯」分布との対比により居住移動の一端を示唆する一方で、「ボーダー・ライン層」調査との対比から、単なる世帯規模ではなく「大家族」の内部構成にまで踏み込み検討することの重要性を指摘する手捌きは――シンプルですけれど――見事です。

知る人ぞ知る、「社会調査史」と「団地」という2つのキーワードが入った祐成さんの話が面白くないわけがない――ということで、最後を飾った祐成さんの報告は、1940年代のアメリカ社会学から少しばかり時をずらして日本にも現出した1950〜60年代の「団地調査の時代」における社会学者の問題意識と得られた知見の展開と変質とを追尾するものでした。

枕に置かれたアメリカ社会学の話では、L. ワースと R. K. マートンの接点についての指摘もありましたが、私の報告で少しだけ言及した生活時間調査の系譜においてもソローキン&マートンの論文というのが展開の節目にあって、社会学の経験的研究の世界におけるマートンという人はいつもなかなか面白い位置にあるなあという印象を深めます(というか単にいろいろやりたがりの、やれる人だったのかもしれませんが)。

コメンテーターのお一人である土屋さんからは、「なぜ今、この調査の二次分析なのか?」>森、「神奈川県民生部の社会調査を対象とする二次分析プロジェクトの全貌は?」>相澤、といった質問をいただきました。彼は正しくもこのプロジェクト全体を「相澤二次分析プロジェクト」と申されております。その通りであるのです。がんばってください。

もう一人の橋本さんは、前エントリでもご紹介した京浜工業地帯調査等の復元=二次分析研究の代表であるだけでなく、東浩紀北田暁大編『思想地図 vol.5 社会の批評』で原武史さんと「団地」をめぐる対談(というか北田さんも交えた鼎談)「東京の政治学社会学――格差・都市・団地コミューン」という実績もある「団地」通でもありまして、今回のコメントをお引き受けいただいたのはまことにありがたいことでした。

ちなみに私の高校の大先輩であらせられます。

われわれは日本語で「団地」といえばもっぱら「公団」の集合住宅をイメージしがちですが、もう一方に同程度の厚みをもって「公営」住宅団地があったわけで、そこにスポットを当てるのがこの研究の面白さでもありますが、そこを適確に指摘したうえで、1951年から1965年と入居時期が長期にわたる本調査対象には「団地」社会内部の変遷が留められている可能性があるとのコメントをいただきました。たしかにそうかもしれません。

1955年に日本住宅公団ができていわゆる公団集合住宅が供給されるまでは「都営アパート」のいくつかが後の「公団団地」と等価の位置にあったわけですが、50年代の後半以降、公団/公営の棲み分け的供給体制成立の推移とも重なって、「団地族」や「団地妻」といえば「公団」というステレオタイプが確立する――その「ステレオタイプ」確立にはプラスの面も多かったと個人的には思いますけれども。そして、祐成さんのご報告によれば、社会学者の「団地」への問題意識も「公団」へと収斂していく。原武史さんの「団地」論もそういう色彩が強いのですが、そこはもう少しいろいろ考えてよいところかなと。

一方、私の報告では、もろもろの社会的属性にもとづく計量分析を_超_え_て_「団地」そのものを社会学的考察の対象とすることは可能/有意味か? という自問を最後に付しました。あるいは、公団「団地」と公営住宅「団地」とを同じ「団地」と呼ぶべき根拠は奈辺にありや、と。それに対する私の答えは「ペンディング」というものでしたが、橋本さんは明確に「ノン」とおっしゃっていたように思います。「団地」という変数はいわば「実験室的状況」を提供する社会的な統制条件でしかないと。むしろ重要なのは――公団/公社 vs. 県営・市営の形をとって現れるであろう――、時間軸を貫いた分析を可能にする不変/普遍の変数「階級」なのだと。

その点は個人的にはよくわかるのですが――というのも、土屋さんからいただいたご質問にお答えしたように、私自身が最初にこの調査に目を付けたのも「階級文化(笑)」の計量的把握を可能とする貴重な歴史的データの一つだと思ったからなわけで、また、祐成さんが興味深くもおっしゃっていたのは「団地という居住空間を単なる“対象”というか“条件”と見なすのみの研究者群が研究成果を多く残したのに対して、“居住空間そのもの/の意味の社会学的考察”に踏み込もうとしたマートンは論文という形で研究成果を残せなかった(うろ覚えと勝手な解釈を加えたところの大意)」ということで、このあたり明らかに鬼門なわけですが、私自身はもう少し踏みとどまったまま考えてみたいと思っております。

それにしても、ここ数年、自分のメイン・フィールド(らしき場所)から少しはずれたところで物事を考えたり、議論する機会ばかりだったので、ひさしぶりにホームに戻って研究する楽しさを思い出した一日でした。もちろん、それまでの数年が楽しくなかったという意味ではないですが、相手に合わせてアクセルを踏みながらブレーキも踏んだり、アクセルの踏み方を加減したり、あるいは明らかに排気量不足のエンジンしか持ち合わせず、アクセルべた踏みでもあっさり置いてけぼりを食らう日々が続いたところに、気がねなしにアクセルべた踏みっぱなしで快調に走り続けられるのは率直に愉快な経験でした。その原因の多くは、周りを囲む共同研究者がいずれも次代を担う優秀な若手社会学者であるという事実に由来します。

今年度はさらに優れた若手研究者も増員して、メインの生活時間票のコーディングと入力作業、さらには本格的な分析作業に移ります。来年の同じ時期にはまた成果報告会が開催される予定ですので、ご関心の向きはぜひ。

ところで、たび重なるK氏のそそのかしにも屈せず、本エントリ最後まで鉄の意志にて「ビッグピクチャー」ネタを封印した自分に乾杯。

二次分析研究会2013 課題公募型研究成果報告会
「戦後日本社会における都市化のなかの世帯形成と階層構造の変容」


※下記の所属は報告会開催(2014年3月26日)当時のものです。


◆団地居住者生活実態調査(1965年)の概要と分析の課題について
報告者:森直人(筑波大学)    
コメンテーター:土屋敦(東京大学)    


◆団地調査と1960年代前半の神奈川県民生部の社会調査
報告者:相澤真一(中京大学
コメンテーター:土屋敦(東京大学)    


◆社会的境遇・住居形態・世帯構造:1951-1965
報告者:小山裕(日本学術振興会
コメンテーター:橋本健二早稲田大学)  


  
◆社会調査史のなかの「団地」 
報告者:祐成保志(東京大学
コメンテーター:橋本健二早稲田大学)    


司会:佐藤香東京大学