最終講義とUNHCRの歴史

難民キャンプの人々に最も大切な物を見せてもらったモノクロ写真集「The Most Important Thing」

リンク先の写真集で思い出したので。

3月18日に東京大学福武ホールで行われた白石さや先生の最終講義イベントでは、白石先生によるいわゆる最終講義のあと、白石ゼミゆかりの卒業生による公開ラウンドテーブル(?)が行われ、UNHCR、NHK、JICA、とそれぞれの分野の実務者として大活躍中の方々によるスピーチもあり、白石ゼミらしい、とてもアクティヴかつクリエイティヴな時間を過ごすこととなりました。

私と大学院時代の同期で、現在はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)職員としてケニア在勤の中柴春乃さんも白石ゼミ最初の博士号取得者ということで登壇されました。当日は何年ぶりかで懐かしい顔を見ることができました。

日々、難民保護という人間の尊厳ぎりぎりの場面に向き合う現場で働く彼女のスピーチは、UNHCRが第二次大戦後、冷戦構造を前提として誕生してから、その性格を変えつつ今日に至るまでの経緯を国際的な歴史的文脈に置き直して概説するもので、とても興味深く、また有意義なものでした。私の拙い理解では、「長期化した難民」が多く占めるようになった現在、難民として生まれ、難民として育ち、難民として死んでいく、そういう存在が珍しいものでなくなったこと、それは難民の世界を一つのコミュニティとして捉え、そこでの生を支えていかねばならなくなっていること、だとすればこれまでの法学や国際関係学中心の視角に加えて、教育学や人類学、社会学といったアプローチが絶対に必要になってくること――そうした問題意識が語られていたように感じました。

国際関係力学のもとでUNHCRが辿った軌跡が語られる背後のスクリーンで、冒頭リンクの写真集から選ばれた写真がゆっくりと粛々とスライドショーで流れていくさまは、とても印象的なものでした。

彼女によれば、そうしたUNHCRの歴史を国際的なヘゲモニーの変遷という文脈のもとで捉え返して本格的に論じた英語文献があるから、それをぜひ邦訳出版したいとのことでした。ところがご承知のとおりの昨今の出版事情、なかなか色よい返事をもらえていないようです。

もしも出版関係者で関心をもたれた方はご一報くださると幸いです。よろしくお願いします。

『マンガ・ ネーション:若者が想像/創造する世紀』と題された白石先生の最終講義は、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』からその後のマンガ・アニメ研究へと至る思考の軌跡が、「私はここに属さない」をキーワードとして接続する瞬間の必然性を目にした気がしました。インドネシア独立に際して発生した村人どうしが大量に殺し合う殺戮の現場を経験したかつての青年が、老齢の学校用務員となり、「独立のときに抱いていた夢にはすべて裏切られてしまった、たった一つ最後に残った夢は学校教育、90%以上の子どもが学校教育を受けられるというこの現実だ」と語るエピソードの挿入は、インドネシアをフィールドに「政治」的なテーマを扱おうと志した日から現在の研究テーマに至るまでの道のりが、確固とした一つの問題意識に貫かれていることを感じさせるものでした。

ところで、最終講義のあとは懇親会、その圧巻は母熊先生含む3人ユニットによる絶唱コンサートだったといえるでしょう。ライブの模様がDVD化された暁にはぜひ購入したいと思います。個人的にはものすごいご無沙汰してしまっていた箕浦康子先生に懇親会の場でご挨拶することができ、また先生に存在を覚えていただいていたことが感無量です。

楽しく、よい刺激もたくさん受けた時間を過ごすことができましたが、「若いつもりが年をとった」、そんなユニコーンの歌詞がふと脳裏をよぎったりもする一日でした。

グローバル化した日本のマンガとアニメ (学術叢書)

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