「給食費未納」分は「子ども手当」から天引きするかもの件

鳩山首相山梨県での自治体首長との懇談後,首長側からの要望を受け,給食費滞納世帯については未納分を「子ども手当」から天引きする形で対応する方向で法案を見直す可能性に言及したようです。

私は長期的には,「生まれてきた以上,〈生まれ〉によらずどんな人間にも教育を受ける権利が保障されるべき」という理念を具体化する制度として,親にではなく,すべての子ども本人に対して直接に一律の生涯就学費用が給付される制度は実現されてよいと考えています(そのような給付金の(私が考える)理念上,「子ども手当」という名称はまったくもって不適切なのですが)。

けれども,短期的にみて,子ども手当の一律給付が現時点での最優先政策課題であるかどうかについては個人的にも疑問の残るところです。まずもって景気の回復と雇用情勢の維持・確保という課題への有効な対策がうたれるべきではないでしょうか。現在は,税収の急激な落ち込みにどう対処するかという点に,限られた資源を投入するのが喫緊の要事だろうと思います。そのうえで,景気の悪化によって真っ先に打撃を受ける社会経済的弱者に対しては,既存の制度(生活保護等)の正当な運用拡大で対処していく,という以外にないのではないか,と。

そういう意味で私は「子ども手当」の満額・即時実施にこだわるものではないのですけれども,今回またぞろこのような形で「給食費未納」の問題がぶりかえすようなら看過しがたいものがあります。「給食費を払わない家庭の3分の2が経済的理由がないのに支払っていない現状を説明」したとされる山梨県の首長側の論拠はまた“あれ”(文科省・平成18年調査「学校給食費の徴収状況に関する調査の結果について」)を受けてのことでしょう。

そのデータによれば,山梨県の未納額は全小・中学校あわせて1500万円ほどであって(のちにみるリンク先pdfファイルの5ページ参照),これがこのように大々的に要望されるほどの意義があるのか私には不明ですが(もっと大きな要望課題があってしかるべきではないのかと思いますが),翻って邪推するに,これが地方自治体が開発する新しい「中央からのカネ」の吸い取り方の雛型になってもらっても困るので,少し横やりを入れておきたいと思います。

これまで戦後日本の中央から地方へのカネの配分は(苅谷剛彦『教育と平等』(中公新書)の卓抜なネーミングを借りれば)「面の平等」への志向の帰結でした。そのぶん,「社会階層」や「人種・民族」「ジェンダー」といった社会的カテゴリーを直接ターゲットとしたカネの配分への志向が極度に弱かった(もしくは“抵抗”が大きかった),という点に戦後日本のある種の特徴を見いだせます。

地方分権」の名のもとに従来型の「面」へのカネの配分が先細りしていく一方で,個人や世帯を直接のターゲットにしたカネの配分の比重が今後増していくという見通しが(ある程度は)立つとすれば,地方自治体としては,特定の社会的カテゴリーに対するネガティブ・キャンペーンを背景として利用し,個人/世帯対象に支給される(中央からの)カネを横から吸い取ることの正当性を獲得していく,というのは十分合理的な戦略として採用可能だととらえるでしょう。

今回はまだ「給食費未納」という,金額的には小さい規模のパイロットケースでしかありませんが,ネガティブ・キャンペーンを背景とした個人/世帯向け給付金の「天引き=かすめ取り」スキームが定着してしまうと,それこそ社会経済的弱者には対処のしようがなくなります。「給食費未納問題」については,すでに当該問題が社会的話題になった際に多くの有志の方々が適切なコメントや反論を試みられておられるので今さらな感まる出しではあるのですが,再びここで確認しておきたいと思います。

現在に至るまで話題のもととなっており,また全国悉皆調査であるという点でも,まずもって「学校給食費の徴収状況に関する調査の結果について」を確認しておくのが不可欠でしょう。リンク先のpdfファイルをみていただければお分かりのように,調査結果の概要が,「1.学校給食費の徴収状況」「2.学校給食費の徴収の実態について」「3.学校給食費の未納に関する学校の認識」「4.学校給食費の未納に対する対応」と「都道府県別の学校給食費の徴収状況」の5つのパートから構成されています。以下,一つずつコメントしていきたいと思います。

ポイントは平成17年度分について,平成18年11月〜12月にかけて行われた,一度きりの調査だということです。すでに多くの指摘がありますが,この調査そのものからは歴史的な推移はわからないということです。また「前年度」分の実態を記録か記憶(おそらくはその双方)を頼りに回答しているということ,さらに回答主体は各々の学校単位ですので,常識的に考えて責任回答者は各学校長(現場レベルの報告を受けたうえで)とみるのが自然です。

1.学校給食費の徴収状況

給食費の徴収状況そのものは「1.平成17年度の学校給食費の徴収状況」をみればわかります。これが一番肝心な表ですね。

区分 小学校(実数) 小学校(割合) 中学校(実数) 中学校(割合) 計(実数) 計(割合)
給食実施校総数(校) 22,553 9,368 31,921
未納の児童生徒がいない学校数(校) 13,446 59.6% 4,568 48.8% 18,014 56,4%
未納の児童生徒がいた学校数(校) 9,107 40.4% 4,800 51.2% 13.907 43.6%
区分 小学校(実数) 小学校(割合) 中学校(実数) 中学校(割合) 計(実数) 計(割合)
給食提供児童生徒総数(人) 7,164,936 2,868,412 10,033,348
給食費未納の児童生徒数(人) 60,865 0.8% 38,128 1.3% 98,993 1.0%
区分 小学校(実数) 小学校(割合) 中学校(実数) 中学校(割合) 計(実数) 計(割合)
年間学校給食費の総額(千円) 299,269273 121,966,927 421,236,201
給食費未納額の総額(千円) 1,306,260 0.4% 923,378 0.8% 2,229,638 0.5%

未納の児童生徒が一人でもいた学校は,小学校で4割,中学校で5割,義務教育トータルで4割強となっています。逆にいうと,“一人も未納者がいない”パーフェクトな徴収状況の学校が小・中トータルで6割近くにのぼるということです。

しかし,「未納の実態」という点では「学校数」よりも「児童生徒数」の数値のほうが重要でしょう。そちらを確認すると,未納の児童生徒の割合は,小学校で0.8%,中学校で1.3%,トータルで1.0%と,約100人に1人の割合であることがわかります。1人も未納者がいないことが望ましい,という基準でいえば,これでも十分「問題だ」という見方もありえるでしょうが,ライフラインにかかわる水道料金の未納率が(自治体にもよりますが)総計で10%弱,単年度のみ計算で2〜3%ほど,という水準に比べれば,むしろ「きわめて低い給食費の未納率」という言い方のほうが妥当のような気もします。

光熱・水道料金は滞納しても,自分の子どもがお昼ご飯でみじめな思いをしないように,とそちらのお金を優先して支払う,という親の姿のほうが見えてくるのは私だけでしょうか。

最後に未納の金額レベルの数値を確認しておきましょう(未納金額が全国で22億円,という報道の根拠もここにあります)。給食費総額に占める未納額の割合は,小学校で0.4%,中学校で0.8%,トータルで0.5%となっており,未納の児童生徒の割合と対比すると,それぞれ半分ほどの低い割合に留まっていることが確認できます。

経済困窮のため就学援助制度を利用していれば,半額から全額までの幅で学校給食費が支給されます(保護者は納入を免除されます)。この資料のあとで出てきますが,就学援助費としての給食費の支給が学校(ないし給食会)に対して直接交付される自治体なら問題は発生しませんが,保護者に対して交付の場合,他の喫緊の支払いに給食費があてがわれてしまい,当の給食費が後回しになる可能性はあります。

未納の児童生徒数の割合に対して金額が約半分,ということの背景には,(1)未納者1人当たりの滞納分が平均すると約半年分である,という見方と,(2)未納者の大半が就学援助制度やそれ以外にも自治体ごとに設けられている給食費減免制度の利用者に偏っているため金額のほうが人数よりも低い割合ででる,という可能性とが考えられる気がします。実際にはその双方とも関係しているのではないでしょうか。

2.学校給食費の徴収の実態について

次に,「2.学校給食費の徴収の実態について」の「(1)学校給食費の徴収方法について」をみると,現在では「保護者の金融機関の口座から引き落とし」を採用している学校数が小・中学校とも約7割と大多数になっています(その他には児童生徒の直接手渡しが13〜15%ほど,金融機関による振り込みが6〜7%ほど等)。口座引き落としの場合は,預金が底をつけば機械的に「未納」とカウントされる,という可能性が高まります。なお,この表は縦の列合計が全学校数とぴったり同じ数字になるため,複数回答形式ではなく択一選択であったことを確認しておきましょう。つまり1つの学校が1つの徴収方法のみを回答しているということです。これは私にはきわめて不自然な回答のさせ方のように思われますが,ここでは質問紙作成上の問題についてうがった考えをめぐらすよりも,この表の数字は「人」の数ではなく「学校」の数をカウントしたものだ,ということだけ確認しておけばいいでしょう。

続いて「(2)学校給食費の未納が現在なくなった学校の対応事例」が自由記述・複数回答で数えられています。非常に有益な情報なのですが,自由記述をアフターコーディングしたものと思われる点,留意の必要があります。ここでも数字の単位は「学校」数です。

「督促の継続・強化」「保護者との個人面談・家庭訪問」「学校全体での取り組み」「教育委員会・PTA等との連携」といった,“要はがんばってます”系の回答を除くと,(1)「就学援助申請の推奨」(小学校328校,中学校81校),(2)「就学援助費の学校長への直接交付」(小学校276校,中学校72校),(3)「現金出納等に徴収方法を変更」(小学校221校,中学校81校)という回答になります。

(1)は経済的困窮状態にあるのに就学援助制度を利用していないことによる滞納への対処,(2)は就学援助費の保護者への交付が他の費目支出へあてがわれてしまうことへの対処,(3)は口座預金が底をついてしまうことへの対処,といずれも「経済的困窮状態にある世帯への実効性をともなった対応」である点が共通しています。「規範意識」を高めるための啓蒙活動や法的措置をチラつかせるといった“威嚇”による対応などではない,という点が重要なのではないでしょうか。

ここまで見てくると,給食費未納の実態としては,「払っていない親」の比率はむしろ想定されるよりも非常に低く,かつ,未納者層は「(払えるのに)払わない」というよりも「(払えないから)払えない」ほうに大きく偏っているのではないか,との推測を可能にするものでした。かりにそうだとすれば,未納率改善のための施策は,事実上「貧困対策」に近似する,という点が指摘できるのではないかと思われます。

3.学校給食費の未納に関する学校の認識

にもかかわらず,当該問題が「非常識な親の急増」といったトーンで大々的に報道されたのは,報道する側のジャーナリストのほとんどが,ここまでの統計数字(客観的状況を示した数字)ではなく,「3.学校給食費の未納に関する学校の認識」の数値のほうにニュースバリューを認めてしまったため(そしてかなり不正確な数字の解釈をもとに報道したため)でした。

言うまでもありませんが,ここの数値は客観的な状況そのものを示したものではなく,あくまで学校の(ということは,ほとんどの場合,おそらくは「学校長」の)“認識”を示したものでしかありません。あえて強くいえば「学校(長)側の主観」です。その限界を十分理解したうえでなら,以下の数値は検討するに値します。

(1)児童生徒毎の未納の主な原因についての認識

区分 小学校(児童)の実数 小学校(児童)の割合 中学校(生徒)の実数 中学校(生徒)の割合 計(実数) 計(割合)
保護者の責任感や規範意識 36,855 60.6% 22,552 59.1% 59,407 60.0%
保護者の経済的な問題 19,926 32.7% 12,819 33.6% 32,745 33.1%
その他 4,084 6.7% 2,757 7.2% 6,841 6.9%
60,865 100% 38,128 100% 98,993 100%

これはかなり大変な表です。数字はすべて「未納の児童生徒」の数。つまり,「人」の数です。合計が未納の児童生徒の数と一致していることを確認しましょう。つまりこれは未納の子ども一人ひとりについて,おそらくは担任教師が個々に判断した結果を校長が集約するかたちで,「なぜ給食費が支払われていないか」を「保護者の意識の問題」か「経済的な問題」か,未納原因を(教師の主観によって)どちらかに割り振った結果です。この表に添えられた注釈によれば「その他」とは,「原因が『保護者としての責任感や規範意識』又は『保護者の経済的な問題』のいずれか明確に判別できないため,『その他』を選択した例がほとんどである」とあります。回答選択肢が2者択一だった可能性が濃厚です(←未確認)。

(教育社会学的なうがった見方をすれば)この注釈の存在自体が,「規範意識(が足りないように教師=大卒学歴者の目に映る)」という要素と「経済的に困窮している(社会階層である)」という要素が,現実には混淆して現れることの傍証であるといえるかもしれません。

規範意識」と「経済的問題」が排他的な2者択一回答として設定されている問題や,教師の判断の妥当性,さらには校長の情報集約の手続き等に対して疑義をさしはさむ余地は十分あるようにも思われますが(なにせ「前年度」分の児童生徒に対する判別なわけです),ここではそうした論難は避けることとします。ここでの学校側の判別が完璧に正しかったと仮定して,「保護者の責任感や規範意識」に問題がある(とみえる)ために給食費が支払われていないケースの全体に占める割合は,小学校で0.48%(未納者0.8%×0.606),中学校で0.77%(未納者1.3%×0.591)。他方,判別困難なケースもあわせると,「経済的な困難」が関係していると思しき未納者が小学校で0.32%(0.8%×0.394),中学校で0.53%(1.3%×0.408)。

(2)過去数年の未納の児童生徒数や未納額の推移について(の学校の認識)

区分 小学校(実数) 小学校(割合) 中学校(実数) 中学校(割合) 計(実数) 計(割合)
かなり増えたと思う 1,175 12.9% 639 13.3% 1,814 13.0%
やや増えたと思う 3,296 36.2% 1,710 35.6% 5,006 36.0%
変わらない 3.563 39.1% 1,888 39.3% 5,451 39.2%
やや減ったと思う 806 8.9% 427 8.9% 1,233 8.9%
かなり減ったと思う 267 2.9% 136 2.8% 403 2.9%
9,107 100% 4.800 100% 13,907 100%

こんどの数値の単位は「学校」で,それも未納があった学校のみの回答となっています。「平成17年度に未納があった学校」のうち,「過去数年で未納が増えたと思っている学校」の割合は「かなり」「やや」あわせて半分弱(小・中合計で49.0%)なので,小・中学校の全体からみた割合は約2割(増えたと思っている学校=6820校,未納者がいた学校=13,907校,全体=31,921校,6820÷31921=21.4%)と,じつは学校単位でみても「増えた」派は少数派であることがわかります。

つぎの「(3)未納が増えたと思う原因について」の表は,こうした「未納者がいた学校」のうちの「未納が増えたと思っている学校」という全体の約2割の学校(長)が回答した結果です。自由記述・複数回答のアフターコーディングで整理されていると思われるのですが,実際の表には2つの回答のみしかなく,「保護者としての責任感や規範意識」が小・中学校とも約7割,「保護者の経済的な問題」が小・中学校とも約3割となっています。この調査結果を文科省が発表した当時の日本の報道記者の大半は,この全体からみれば約2割に過ぎない回答者の,しかも自由記述が2つの回答として集約された数字を極度に強調して,いわゆる「モンスターペアレント」(が急増中だとする)論議へとつなげていったのでした。

ここで寄り道。「体感治安」という言葉もあるように,わたしたちの“皮膚感覚”的な現状認識は,ともすれば実態とかけ離れた歪んだ像を描いてしまいがちです。「給食費未納」問題はさしずめ「体感・規範意識の低下」といったところでしょうか。ところでここで,「未納者がいた学校のうち未納が増えたと思っている」学校(長)は,なぜ「未納が増えた」という“皮膚感覚”を抱きがちなのか,を考えてみるのも一興です。

ここで重要なのは,現在学校長の先生もかつてはヒラの教諭だった,という点です。そもそも現状でも小学生の未納者比率は0.8%なのですから,増減を論じることにどれだけの意義があるのか微妙ですが,かりにこの0.8%という水準を「いつも時代にもある未納の比率」としてフィックスすると,40人学級の担任の先生にとって「給食費未納の子ども」は3年に1度出会うか出会わないかという計算になります。ところが学校長ともなると管理下にあるのは全校児童生徒。かりに500人規模の学校だとすると「給食費未納の子ども」との遭遇率は毎年4人という計算になります。あー増えたなあ,という“実感”に結びついたとしても宜なるかな。意外とこういうところに“認識の歪み”の原因が潜んでいるのかもしれません。

閑話休題

反対に,「未納が減った」(「かなり」「やや」あわせて)と思っている学校(長)への質問の結果が,次の「(4)学校給食費の未納が減少した学校の対応事例(自由記述・複数回答)」(未納が減ったと思う学校のみ回答)です。「2.徴収の実態」の「(2)現在未納がなくなった学校の対応事例」と同様,“要は頑張ってます”系の回答以外には「就学援助の申請の推奨」(小学校15.7%,中学校6.2%,全体12.4%),「就学援助費の学校長への直接交付」(小学校9.8%,中学校4.8%,全体8.1%),「現金出納等に徴収方法を変更」(小学校7.5%,中学校8.3%,全体7.8%)(ただしいずれも複数回答)といった比率で経済的困窮者向け対策の回答がみられることに注目しておきましょう。

4.学校給食費の未納に対する対応

しかしながら謎なのは,「4.学校給食費の未納に対する対応」の「(1)学校給食費を未納している保護者への対応内容について(複数回答)」には,現実に未納をなくしたor減らした学校で採用されている対策の項目が挙がっておらず,「電話や文書による保護者への説明,督促」「家庭訪問による保護者への説明,督促」「PTAの会合の場などを通じた保護者への呼びかけ」「支払を求める法的措置の実施」など,実際にはあまり実効性が認められない「規範意識」を高めるための啓蒙活動や法的措置をチラつかせるといった“威嚇”による対応しか回答項目がないという点です。

逆にいえば,こういった回答項目しか用意されていなかったという時点で,調査実施主体には「保護者の責任感や規範意識」の問題のみが中心的要因として考慮されていたのではないかという邪推を引き起こさせるのですが,それはうがった見方というものでしょう。

調査の起点にこうした問題があるために,残念ながらこのあと「(2)保護者への説明や督促の対応者について(複数回答)」から「(5)学校給食費の欠損分の対処方法について(自由記述・複数回答)」までの調査結果からは,(行政担当者にとってはそれなりに有益な情報も含まれていることでしょうが)「給食費未納」の実態の理解と対策の実施に直接役立てられるような有効な知見は導かれないように見えます。

平成17年度の学校給食費の徴収状況(都道府県別)

むしろ,最終ページに掲げられた「平成17年度の学校給食費の徴収状況(都道府県別)」の一覧表が有益な情報を示してくれています。これもすでに何人もの方が指摘されてきたことですが,未納児童生徒の全国平均値が1.0%であるときに沖縄県が6.3%と突出した数値を示していることです。もう一つ特記するとすれば北海道の2.4%でしょうか。とくに沖縄の数値は異常であって,ここまでの行論からすれば,この事実は沖縄県の保護者の「責任感や規範意識」の問題などではなく,県民所得の低さ,あるいは「貧困層」の広汎な広がりといった現実と密接に結びついたものであろうとの推測が成り立つものと思われます。

自治体による「天引き」スキームへの疑問

ここまでクドクドと述べてきたことは,基本的には当該調査の報道がなされた直後に有志の方々がすでに適切な異論・反論を表明されたことの繰り返しです(たとえば,安原宏美さんのブログなどご参照ください)。

ここでは少し異なる側面からの問題提起をしてからエントリを閉じたいと思います。

ここまで確認してきたことは「給食費未納」の家庭に「払えるのに払わない非常識な家庭が多い」という巷にあふれる(そして山梨県の自治体首長たちが前提にする)認識には事実誤認の可能性が大きいということでした。しかし,それ以上に,調査結果の検討から引き出された実質的に意味ある情報は,事実上「貧困対策」に近似するような対策をとることが「給食費未納」の解決策として有効であることの可能性が示唆された点でした。

「支払い義務の説明」や「督促」,「PTAなどの会合を通じた呼びかけ」といった啓蒙活動や,「法的措置の実施」あるいはその可能性をチラつかせる“威嚇”といった,いずれにしても学校側=行政側からの一方向的な働きかけではなくて,「就学援助申請の推奨」や「就学援助金給付方法」「給食費徴収方法」の切り替え,といった対象者側の置かれている現状を正確に把握したうえでの行政側と対象者側との現状認識の共有にもとづいた対策が実効性をもっている可能性が強く示唆されるものでした。

ところが,今回報道されているような地方自治体による「子ども手当」の天引き案は,こうした対象者-行政間のコミュニケーションの活性化にもとづいた徴収効率の向上を却って阻害し,公的資金の新たな浪費のもととなるだけでなく,本当に必要な社会層に対して必要な扶助がいきわたらないという政策的非効率をもたらす危険性が強いように思われます。なにせ対象者側との面倒な面接や助言を繰り返さなくとも,黙っていても中央政府から送られてくるカネを横から“かすめ取る”ことができてしまうわけですから,徴収効率をあげようというインセンティヴは消失してしまいます。そして,本当に困窮している層にはカネがいきわたりません。

地方分権」の名のもとに従来型の中央から地方へのカネの配分が先細りしていく一方で,個人や世帯を直接ターゲットにしたカネの配分の比重が今後増していくという見通しのもとでは,地方自治体が特定の社会的カテゴリーへのネガティヴ・キャンペーンを利用して,そこに該当する個人/世帯へ直接支給されるはずの(中央からの)カネを天引きして吸い取る,というのは十分合理的な戦略になってしまうわけです。このような地方自治体によるネガティヴ・キャンペーンを背景とした個人/世帯向け給付金の「天引き=かすめ取り」スキームが,行政活動の効率化を妨げる新たな方式として定着することにつながる可能性は否定できないように思うのですが,これは杞憂でしょうか。

鳩山首相は先日,「いのちを守りたい」と訴える力強い施政方針演説をなさいました。「子どものいのちを守る」,そのための「子ども手当」だとも。素晴らしい演説だと思いました。まさにそれを実行する政治を実現してほしいというのが私の願いでもあります。

その言葉に実効性を与えるためにも,本当に必要な人びとに,必要な便宜が提供されるような政治と行政を目指していきたい。

長文にお付き合いいただきありがとうございました。