「農家の長男」の野中広務

さて,進学から就職までのプロセスをどのように経験したかは,その後の人生に大きな影響を及ぼす.客観的な社会移動の軌跡に影響を及ぼすというだけでなく,最近の研究では社会に対する信頼感や価値観にも影を落とすことなどが実証的に明らかにされているらしい(←伝聞形).

戦後日本に検討の対象を限定すると,そこで起こったもっとも重大な社会的変化は,農民層の急減とそれ以外(第二次産業第三次産業の従事者,とくに戦後の後半からは後者)の増大ということである.農村人口が過半数の社会から高度に発達した産業資本主義社会へという変動の中核に「農民層分解」という現象がある,というわけ.

言い換えると,戦後日本の社会は「農家出身」の「非農民」の増大によって成長していった社会だということで,そこが考察のポイントとなる.「農家出身」から“どのように”「非農民」になったか.野中氏も農家出身者だし.

ここで戦前期まで射程をのばすと,戦前期をとおして日本の総人口は増加を続けたが,農家戸数や農業従事者数はほぼ一定と非常に安定した推移を示してきたことがわかる.ということは,非常に乱暴に人口構造上の話をすれば,農家で増えた人口が(あとつぎ補充以外は)流出することで都市が膨張する,という形で社会の規模がコンスタントに発展してきた近代以降,という理解が可能である*1

そうすると今度は,その「農民層分解」の過程において移動の機会がどうだったか,などということが気になるのだが,その際,もっとも基底にある制約条件として考慮しなければならないのが「長男・二三男」問題である.

「経済的格差」というものの意味を考えるためにも先に考慮すべきなのは「きょうだい順位(/性別)」である.現在でもどの程度の学歴を取得できるか(教育達成)とか,どういう職業に就けるか(職業達成)といった帰結にきょうだい順位は統計的に有意な影響を及ぼしている.

子どもの教育に投入できる資源は無限ではないから,限りがあればあるほど,投入先である子どもの数は大きな意味合いをもつ.っていうか,そういう基底があるからこそ,最初から産む子どもの数を限定して投入資源を集中投下したい,というタイプの親の教育戦略が一般化するという理路もありうるわけだ(少子化がもたらされる「一つの」理路).

で,明治期以降の農家出身者の社会移動のありようが近代日本を理解するうえで重要だということは,随分前から指摘されてきたことである.というか,それを「理解」することは近代日本の行く末を占うことにもなったから,厳密な検証を可能とするデータがなかなか得にくかったことともあいまって,客観的な分析結果にもとづくというよりは,断片的な調査結果を深読みする,多分に「思い込み」にもとづいた議論が展開されてきた.

ながらく「通説」とされてきたのは「農家の二三男」仮説である.ただし,ここには2つの変種がある.

A)古典的「農家の二三男」仮説:
人口学や農業経済論などによくあったタイプ.解釈にマルクス主義的な未来展望が混入しがち.その議論の骨子は,(1)農家のあとつぎは長男である.(2)二三男が農村から押し出された過剰人口として都市へ流出する.(3)都市への流出人口は工業労働者になる,よって都市部・工業労働者の大半は農家の二三男である,となる.

B)「相続/教育代替」仮説:
古典的「農家の二三男」仮説に「教育の歴史社会学」的加味がなされたバージョン.その議論の骨子は,(1)農家のあとつぎは長男である.(2)二三男は土地や家業を相続する代わりに優先的に進学機会を与えられて学歴を取得する.(3)都市への流出者は学歴を元手に新中間層となる,よって都市新中間層の大半は農家の二三男である,となる.

ところで,この2つの仮説は近代以降の日本の農家では長男単独相続慣行が支配的だったという前提を共有している.しかし,実際には相続慣行の地域差,というか,東北日本型と西南日本型の違い,というのはこれまた随分前から指摘されていることで,長男子相続は主に東北日本型だ,と.

他方,東京下町をフィールドワークしたドーアさん(『都市の日本人』(1958=1962)岩波書店)なんかが「東京の住民ってなんかけっこう農家の長男多くね? 高等教育経験者も多いし」みたいな指摘をして以来,長男子優先規範というのは,むしろ進学=教育投資=学歴取得の場面でこそ働くのではないか,という仮説もありうる.それが以下↓,

C)「長男教育優先権」仮説:
議論の骨子は,(1)農家のあとつぎは長男とはかぎらない.(2)長男は長男であるがゆえに優先的に進学機会を与えられて学歴を取得する.(3)うーーーんっと,あとはケースバイケース?,みたいな.長男が中等教育後にも進学するならその進学機会は都市部に限定されるから都市に流出して新中間層化し,残された農家は二三男以下の誰かが継承するか,もしくは誰も継承せずに終わるだろう.他方,長男が中等教育で終わるなら地元に定着する可能性も高くなる.誰が農家を継承するかはケースバイケース,となろうか.これ,「仮説」に値しないかも.

橋本健二(1999)『現代日本の階級構造』(東信堂)第6章とか,佐藤(粒来)香(2004)『社会移動の歴史社会学』(東洋館出版社)とか,このへん整理したうえでSSMデータで検証されてます.

お二方とも,仮説A),B)の通説(橋本さんの場合,とりわけ後者)を批判されるわけだが,まあしかし,

(1)「あとつぎの長男比率はやっぱり高い」というのは確認できてしまう.ただし絶対的な差異ではなくて相対的な傾向性の違いだ,と.橋本さんも「あとつぎに占める長男の比重は意外に小さい」とかw.「コップの水」かけ論,ですね.「コップの中に半分水が入っている」のを「半分“も”」入ってるとみるか,「半分“しか”」入っていないとみるか.しかし最終的な分析結果を評価するまで「込み」で研究なのだとしたら,この場合の「コップの水」の妥当な評価は,相対的な傾向性としては明確に「あとつぎ≒長男」である,ということであろう,と.

他方,
(2)取得学歴の長男/二三男の差異は確認されない.これはそうだと思う.つまり,長子優先規範があったとして,それが土地/家業継承という形態をとるか,教育投資という形態をとるかは,土地/家業の経営規模や子どもの投資収益率(≒勉強のデキのよさ/わるさ)や近傍の進学機会/雇用機会の有無や....によって多様となるのがふつう.

このあたり,農林省経済更生部調査(1938年)をもとに昭和4〜8年尋常小学校卒者の昭和12年現在の移動状況を分析した高瀬雅弘さんの「戦前期青少年人口移動の歴史地理」(『職業と選抜の歴史社会学』所収)の分析結果からも補強されるかと.(1)について,「野尻が検討した離村者の『二三男仮説』を全国的に検討してみると,青少年の移動に関しては,東北から九州にかけては離村者の大半が二三男であった,ということである」(84頁).また,「長男よりも二三男の方が,より六大都市へと流入する割合が高い,ということ」(同前)も指摘されている.そして,離村青少年の職業分布は長男・二三男ともほぼ同様なのだが,唯一,「遊学」だけ長男が二三男より明確に割合が高い.2倍である,と(79頁).この時点での「遊学」者は中等教育以上,つまり(2)については,「従来のイメージとは異なり,長男の方がより高い教育を受けていたことがわかる」(86頁).←ただし,離村者に限定しての話,ね.

したがって,
(3)は,農村流出−都市流入の経路に応じていろいろだ,ということ.確実なのは,農家の過剰人口の流出はコンスタントな流出であって.「出稼ぎ型」労働力論などがいうような景気感応型のそれではない,ということ.

佐藤(粒来)さんのほうではもっと突っ込んだ分析と事実発見が主張されますが,その主張に対しては以前,わりと詳細に検討して否定的な私見を述べたことがあります.

箇条書きすると,a)相続慣行の数量的調査をみると相続慣行の地域性,東北日本型/西南日本型という類型差は,質的差異性というよりも連続的(相対的)傾向性にしかすぎない,とみるべき*2,b)第1次大戦後に西日本では近郊に雇用機会が大規模に創出されたことの評価が過小である,c)東北日本と西南日本の差異(とくに年齢別農業就業者構成の違い)は一定の農家戸主を世代的に補充するにあたってのライフコース・パタンの相違に帰される,とみるべき,d)つまり,戦前期の農家出身者の社会移動は「近傍の雇用機会の有無」と農業家族経済の弾力的対応とのあいだの問題系,として捉えるべき,e)そもそも零細・小作農家では流出/雇用労働力化の局面において「きょうだい順位」を基準に戦略的にふるまう余地すらない状況にあった,とみるべき,といった点を指摘しました*3

そもそもA)B)C)の3仮説はいずれも対象として(暗黙に)想定している経済階層や取得学歴がまったく異質,ということは移動が生み出されるメカニズムもまったく異質であろう,と.A)は典型的には高等小学校卒,B)C)は高等教育学歴ということなら豪農・豪商といった旧中産階級上層に限定されるし,中等学歴ならより下方に開放的となってくるだろう.そこに経済階層的な制約条件が重なって,「農業“経営”が必要なほどの経営規模だったか(「継承」価値があるほどの規模か/「経営」知識が必要な規模かetc.)」や「(教育投資選好の高い家庭だとして)何人目の子どもにまで“それ”が可能だったか」という要素が絡んでくる.あるいは,近傍の流出先までの物理的距離,とかも.

確率論的にいえば,生まれた順番に上から教育投資をやってみて,一番目の子どもに高い収益率が見込めそうならそのまま続行すればよいし,見込みが薄ければ二番目以下に主たる投資対象を切り替える,といった戦略を採用する方が合理的な気がする(誰かモデル化が得意な人はやってみて).もちろん,教育重視の家族文化のもとでは「すべての」子どもに教育投資を行う,という選択もありうる(以前行った分析の経験では,親が教員の家庭なんかは完全にそうである).

......と,ここまで風呂敷を広げてーの,「野中ひろむーの」である.近傍に大阪という当時の日本最大の工業都市が控えているなか,優先的に旧制中学への進学投資を受けることが可能であった.自作農としての規模から考えて,親はまず長男には教育投資を,という選択を行った.たぶん,広務少年は,その期待にはそれなりに応えてくれた,素直な少年だったのではないだろうか.結果,生家の生計を維持するうえで必要な農業労働力としては実弟の一二三氏が駆り出される,という帰結になった.

中学卒業後の広務少年の進路選択が,学業選抜上の要因を主としたものなのか,それとも弟妹たちの進学費用を支弁するためなのか,といった判断は,もう一歩,経済階層的要因に踏み込んだ社会分析を背景として理解しないと下しようもない.

ということで,次回はそういった要因に踏み込んだ「教育の歴史社会学」的スケッチを試みてみようと思う.疲れた.もう寝ます.



現代日本の階級構造―理論・方法・計量分析

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社会移動の歴史社会学―生業/職業/学校

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都市の日本人 (1962年)

都市の日本人 (1962年)

*1:高度経済成長というのは,そこに構造変動がもたらされたという意味で,やはり重要な契機ではある.

*2:もちろん部分的に,たとえば鹿児島などの末子相続とかの特異性まで否定するものではないけれども.

*3:ついでに言うと,橋本さん,佐藤さんのお二方とも「西日本では戦後になって長男単独相続慣行が強まる」という事実発見を述べるわけですが,これはさすがにちょっと.私見では「雇用機会の偏在ゆえに,東北日本では顕在し,西日本では潜在していた長子の在村就農選好」が,「新規学卒者(中卒・高卒)を対象とした職業斡旋・就職指導の制度化により,雇用機会の地域的偏在の影響による家族経済の弾力的対応の地域差が消失」することによって生じた現象である,との見解を提示しておきました,参考まで.