ゆっくりと、振る。

むかし,どのTV局だったか忘れてしまいましたが,「野茂現象」として,メジャーリーグを目指し日本のプロ野球界をスキップして(といっても,実際にはそもそも日本の野球界で注目されるほどの実力もないまま)渡米する若者を追うドキュメントっぽい特集があったと思います.

解説者時代の現ソフトバンク・ホークス監督の秋山幸二氏が(ご自身がアメリカ・1Aチームへの「留学」経験があったためと思うが)アメリカ・マイナーリーグ(たしか1A)の野球チームで試合と練習を「積み重ねている」若い日本人野球選手を取材していた.給料などほぼないも同然,車や部屋はチームメートとシェア,安いハンバーガーで空腹をまぎらし,ぼろバスに長時間揺られてアメリカ各地を転戦する日々.練習はその長距離移動の合間にごく短時間だけ行われる.

面白かったのは,その若者の「練習」風景をみる秋山氏の表情.プロ野球界でも人並み外れた練習量でならした秋山氏にとって,彼の練習量は到底「これからプロとしてやっていこう」「厳しい環境でものしあがっていこう」という人間のそれにはみえない.

しびれを切らした秋山氏はチーム練習と試合が終わったあとの彼の部屋に乗り込み,個人授業を行う.そのときの練習とは「ものすごーーーくゆっくりと素振りをする」という練習方法.ものすごーーーくゆっくり,である.これが難しい.未熟な選手ほど「ゆっくり」に耐えきれなくて最後「ぶるん」と振ってしまう.と,秋山の叱責がとぶ,「ゆっくり!!」.秋山が見本をみせる.ものすごーーーくゆっくり,しかし自分がもっともインパクトの瞬間に力が入るスイングの軌道をトレースできている.

これが難しい.

重要な動きをゆっくりとトレースするには身体的にも技術的にも,それを可能にするインフラが確立されていないとできないから,ですね.私,大学時代にアイスホッケーをやってましたが(←突然のカミングアウト),やっぱり初心者がスケーティングの基本動作を習得するには,ゆっくりと大きなスケーティングを個人練習で反復しないとダメなのと似ているかな,と.効果的なエッジの使い方を体に覚えこませるわけですが.

往々にして各種スポーツの素人は,プロがものすごく細かい動作を俊敏に行ったりするさまに感嘆してしまったりするわけですが,実際は逆で,基本動作を大きく,正確に,ゆっくりと行う,ということのほうが難しくて重要なことだったりして,後者ができる人はまず間違いなく前者もできますが,逆は真ではなかったりするわけです.

同じくスケーティングをベースに確立しておかないとできないスポーツとしてフィギュアスケートを見てしまう私としては,浅田選手のトリプル・アクセルよりも(いやそれもすごいけどさ),キム・ヨナ選手の「ひとかき」だけでトップスピードにのってしまうバックスケーティングのエッジの使い方に驚嘆するわけです.

ゆっくりと,振る.誰にでもできそうで,けれども/だからこそ,そこで「力」のほどがうかがえてしまうこと.