ニキとガンダム

この間いろいろとあったし今も実はあるのですが,そんなこんなは全部省略すると,東海道・東北の新幹線乗り継ぎで那須塩原まで行ってきて(明仁さん御一行とバッティングしましたよ),ニキ美術館に行ってまいりました.現代ヨーロッパ・アートの一角を占めるニキ・ド・サンファル...とか知った風に書いていますが,実際のところ日本以外での評価のほどは知りません(し,興味もありません).

5月10日で閉館となっていたものが8月いっぱいまで開館延長されたので,奥さんに「ぜひ!」と急き立てられて行ってまいりました.

「黒い女神」にお出迎えいただいたのち,「タロットガーデン」の写真パネルとカードの展示.その展示室の入り口にはニキさんと当美術館の館長で今年1月に逝去された増田静江さん(ニキさんは「シズエ」が発音しにくかったので「YOKO」と呼んでいたそうな)とのツーショット写真の大きなパネルが掛けられてありました.館員全員が「喪に服す」という意味の言葉が添えられて.

その後のスペースはニキさんの芸術家としてのデビュー作「射撃絵画」シリーズ.攻撃的,威嚇的で暗いイメージの作品群.「女性への抑圧」に対するレジスタンス(それ自体わかりやすすぎる枠組みではあるでしょうが).「テロリストになるかわりに芸術家になった」というニキの言葉.

たんに私にはニキの痛みを共有でき(てい)ないということでしかないのかもしれませんが,作品そのものに魅力は感じられなかったというのが正直な感想でしょうか.この時期,ニキの「作品」ではなくて「射撃絵画」にふける「ニキの姿(を写した写真群)」のほうに強いインパクトがある.「作品」よりも「作品を制作する作者」への過剰な視線.それ自体,当時のニキがいまだ大きな抑圧のさなかにあったということの証左である気がして落ち着かないのです.

あるいは正確にこう言いましょう,そのライフルの銃口は私に(も)向けられているから.それを感じるからでしょう.

一方,展示室を移動すると《ナナ》シリーズで転機を迎えてからの彫刻作品の展示.明らかに部屋全体の雰囲気が明るくなり,色彩豊かで,どれもいくばくかのユーモラスさを湛えた形状の〈彩色彫刻〉作品群.夏休みということもあって小さな子ども連れのご家族も来館されていましたが,この部屋に足を踏み入れると明らかに子ども達のテンション急上昇.「芸術」作品ですから言っても詮無いことかもしれませんが,これらは本当は公園などに無造作に置かれて子ども達がよじ登ったり転げ落ちたりして「触れられる」ものであるべきなのでしょう(あるいは私は知らないのですがイタリア・トスカーナにある「タロットガーデン」はそういう場所なのかもしれません).「赤い髑髏(ドクロ)―燭台」や「髑髏(ドクロ)」といった作品ですら,ちょっと笑ってるように見えるドクロ.個人的なお気に入りは(「大きな」ではないほうの)「蛇の樹」.さまざまある彩色のなかでニキの「青」が一番好きなことと,あと「蛇の樹」ですからね,ほんとは怖いはずなんだけど,その「蛇」がかわいいから,というのが理由.第二位はお出迎えしてくれた「黒い女神」.これもかわいいから.できれば原型となっている「トリエス」のほうが見たかったけど.作品をご覧になりたい方はさしあたりニキ美術館ホームページに行ってみてから夏休みの行楽がてら実際の美術館まで足をお運びください.

奥さんの方はある作品のレプリカ(額縁つき)を衝動買いされましたが,私はグッと踏みとどまりました.しかしアート系の売り物なんて全部「衝動買い」ですよ.「衝動買い」でない「アート作品(レプリカだけど)購入」なんて語義矛盾です.

その後,新幹線・東京駅で途中下車し新橋でゆりかもめに乗り換えてお台場へ.目的は当然,実物大ガンダム(いや「実物」ってほんとはおかしいんですが)を鑑賞するため.ガンダム30周年記念としてお台場「潮風公園」に登場した高さ18メートル原寸大ガンダム.実際に現物をみて確信しましたが,これは日本が誇るべき「現代アート」作品ですね.圧倒的な存在感.ニキ美術館全体と比肩して遜色ないレベル(ほんとか?).いや個人的にはこちらのインパクトの大きさは,午前中見ていたニキの作品群のそれを覆してしまったかもしれん.「これを保存するために“国営マンガ喫茶”が必要なんじゃ」と太郎ちゃんに言われれば,くそーしょうがねぇか,って思わず認めてしまいそうな勢いになってしまう(だってあそこに雨ざらしにしてるとすぐイタんじゃいますよ).コンテンツの力,恐るべし.

着いてからいっぱい写真を撮りましたが,写っている私は全部半笑い.ネット上にガンダムの写真はたくさんアップされていますからご関心のある向きはそちらへ.個人的には台場駅の改札口に大きな張り紙があって,そこに

←フジテレビ  ガンダム

とあったのがちょとツボ.フジテレビか,しからずんばガンダムか,みたいな.

長い一日でしたが,ほんとのほんとに一番心に残ったのは実はガンダムでも「射撃絵画」でも《ナナ》シリーズでもなくて,ニキ美術館最初の展示室入り口にあったニキとYOKOのツーショット写真の大きなパネル.タロットガーデンで1983年撮影.モノクロの大きなパネルでした.たぶん静江さんがニキの作品に出会って間もないころ.満面の笑みを湛えたYOKOと,その隣で少しはにかんだような笑顔を浮かべているニキ.

いい写真でした.2人のその後の友情の出発点ともいうべき姿.

身を削るようにして生みだされた作品群が,見知らぬ人と人とを結びつけていく.なぜ「創る」のか(なぜ「書く」のか)という原点がそこにあるような気がします.

それだけにYOKOの死とともにニキ美術館が消えてしまう(実際には規模縮小と移転ということになるようですが,少なくともこれまでの「ニキ美術館」は消滅しそうです)のは残念としか言いようがありません.あるいは,むしろ「必然」なのでしょうか.ニキが亡くなり(2002年),YOKOも亡くなった今となっては...

なんらかの形でニキさんの作品をまとめて鑑賞できるスペースが維持されることを望みます.できれば,あの写真を入り口に飾って.

ニキ・ド・サンファル

ニキ・ド・サンファル

タロット・ガーデン

タロット・ガーデン