学生に助言できる大学教員

今日のNHKニュースウォッチ9から.経済的理由で大学を辞める学生増える,と.

映像は熊本の大学を中退した元女子大学生.両親とも中卒,父親は死去し,母子家庭.母親は(おそらく無理な労働がたたって)病弱.本人は高校時代から奨学金を受けて高校を卒業し,念願の大学に入学.英語を学ぶ.朝は街が寝静まっている時間から新聞配達をし,奨学金を受け,バイトを重ねて学費をコツコツ貯めつつ,毎日の講義・レポート課題等を大学院生と一緒にがんばってこなす日々.

ところが残酷なことに,母親の体調が急激に悪化し入院.学費にと貯めていた貯金を入院・治療費で使い果たす.さらに学業を続けるには新たに奨学金を受ける必要が.その時点で高校以来の奨学金=借金が400万円を超える事実に戦慄した彼女は,大学を辞める決意をして中退.「大学を卒業しても正社員に就けるかどうか不透明だから・・・」,そういう彼女の瞳はすでに赤く充血している(ように映る).

正社員のクチを見つけたいが目先のアルバイトに一日のほとんどの時間をとられて就職活動もできず.自宅(古びたアパートだ)の勉強机の上には,捨てようとしても捨てられない大学時代の教科書・参考書が.「いつかまた勉強できる機会があれば・・・」

「勉強したかった.できれば大学で勉強を続けたかった」,と語る彼女.

ニュース本編は,日本の奨学金が貸与のもの(=借金)しかなく,支給型奨学金が皆無(正確には極めて僅少)である実態を告発調でリポート.低所得者・母子家庭等に限定したそれすら存在しない日本の現状.また,返還猶予や返還免除の余地も極めて僅少であるという事実もある.小林雅之先生も出演し真っ当なコメント.あわせてニュースでは触れられなかった点で言うと,そもそも学費の私費負担,大きすぎの日本.

けれどもねぇ...

私が胸を詰まらせるのは,現時点で400万円超の借金が刻み込まれている通帳を手に恐れ慄いて大学中退を決意しかけている学生に対して,「いや,これが卒業までに1000万まで膨れ上がったって,今中退するよりも卒業までがんばって続けて新卒で就職活動するほうが確実なんだぞ」っていう当たり前の助言をする大人がいなかったという現実のほうに対してです.今辞めたら大学中退=過年度高卒者になってしまって,正社員になれる確率なんて大学新卒で期待されるそれに比べたら比較にならないぐらい地に落ちてしまうんだよ.生涯ベースでみたら,現時点での400万円は十分返済可能な範囲内なんだ.日本での大学教育への教育投資の利率は6%を超えるんだよ...

...母親には無理だ.そんな判断つかないでしょう.

この学生の周りにいる大人たちのなかで,その種の助言が可能な人間がいるとしたら,それは大学教員しかいないんです.こういう学生を多く受け入れている大学(私の勤務校もそうだ)は,この手の指導を自分たちの職務の範囲内であると,もっとはっきりと自覚しなければならないのではないでしょうか.

こういう言い方を好まない大学教員が多くいることを承知であえて言えば,ユニバーサル化した,後期大衆化段階(by 矢野眞和)の「下流」大学にはねぇ,高校までのホームルーム機能あるいは「生活指導」の機能をどこかに埋め込んでおく必要があるのだと確信しています.

少人数制のゼミ体制は,もちろん大学固有の研究活動を指導していくために必要なor望ましい体制なんだけど,もう一つ,この手の大学では,それが「同時に」こうした学生の窮地に対して敏感にアンテナを張り,ごく真っ当な助言をするために「も」必要とされるということを主張したい.

それで多くの向学心にあふれた,しかしながら,学業に専心するには困難を抱えている学生を,多く救うことができる.

奨学金制度の整備や学費の私費負担の軽減という,当然に目指すべき制度改革が実現する日までの短くない期間には,現場で学生と接する大学教員にはそういう役割「も」果たすことが要請されると思います.

それを「大学一世」のすこぶる多い大学に勤める一教員として改めて銘記しておきたい.