大切なことはプロレスが教えてくれた

三沢選手ほどのレスラーがリング上にピクリともせず横たわっているのでした.「三沢コール」を連呼するどころじゃない.悲鳴のような女性の声と怒号のような男性の声が入り混じった,言葉にもならない叫び声が会場に渦巻いたあと,そのあとは鉛のような沈黙のなかでみなさん立ちすくむしかなかったのでした.

人はそういう場にいあわせたら,そうなるんだ.第三者によって報道=脚色されたような,そんな風になったりしないんだ.当たり前のことだ.

またプロレスに教えてもらった.

私はほとんどまったくサブカルというものに染まることがなかった.家にお金なかったし,テレビゲームももたなかった.買ったって友達が来てたむろできる部屋もない(笑).だから欲しくもなかった.今でもゲーム,まったくできないしw.関心ももてない.子どもの頃,友だちが野球ゲームやってるあいだは,ゲームもってない奴かき集めて,近所の公園でリアル野球をやってた(だから野球,今でもそこそこやりますよw).高校・大学と学生時代,飲みのあととかゲーセンいって暇つぶしするとき,私だけゲームまったくできなくて友だちにはずいぶん迷惑かけた.気ぃ使わせた.「お前,このゲームならできる?」とかw.マンガもアニメも十人並み.なんのオタクになる素質もなかった.何かにどっぷり,って一つの才能ですよ,やっぱり.それと,親の目から隔絶されて,それに没入することが可能な空間(=個室)というインフラが必要.その頃の私はちょっと勉強できて,あとは部活でスポーツやってるしか能のない,ただの田舎の少年でした.

それが一番お金がいらないからねw.
公教育って重要ですよ.文化資源の乏しい子どもにとっては.手持ちの金と文化資源のかからない暇のつぶしかたが,そこにはあった.

ただ二つだけ,そんな私をも虜にしたものがある.一つはTV,お笑い番組漫才ブームが起こる前,物心ついたときから吉本新喜劇松竹新喜劇が大好きだった.藤山寛美のアホ面のほうが面白い(吉本より)って思ってた.吉本でも木村進のときだけはちょっと面白かったけど.土曜の午後1時,吉本新喜劇のお囃子が流れる時間は至福の時間だった.そこから漫才ブームひょうきん族.こっからはごく一般的な大衆ルートを歩んだだけの話です.

もう一つがプロレス.全日本の日本人レスラーで好きだったのは阿修羅原&天竜源一郎のタッグ(選手名は敬称略.以下同様).もっと好きだったのはスタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組.ファンクスなんかよりずっと.プロレス好きなら一度は語った「誰が最強レスラーか」論争では,決まって「ハンセン&ブロディ組」って答えるバカだった.「組」ってw.なんでタッグよ?

でもまあ,あの当時,バカをほっといたらみんな新日本派になっていったわけでw.何にも考えてない田舎もんがテレビで野球みてたら自然と巨人ファンになるのと一緒で.初代タイガーマスクで小学生高学年だったか?

そして,長州力ですよ.

革命戦士.「オレはお前のかませ犬じゃない」.「かませ犬」ってものの存在は長州が教えてくれた.

「在日」って言葉を教えてくれたのも長州だった.

「なあ,長州って日本人じゃないんけ?」っていう友達の言葉が入り口でして.長州が日本人じゃない? だって本名・吉田光雄やじ? 日本人じゃないんけ?...(泣)

知らなかったんですよ,なんにも.誰も教えないから(北陸地方は今でも「人権教育」「解放教育」「同和教育」……不毛の地だからね).

韓国名・郭光雄って事実になんとか辿りついた瞬間が,日本社会の〈マイノリティ〉(まだそんな言葉で認識していなかったけど)の存在に辿りついた最初だった.こんな呑気な話に呆れて不愉快な方も多くいらっしゃるでしょうが,〈教える〉ことを社会が怠ったとき,どんなことが生起してしまうのか,という無残な事例として堪えて受け止めていただければ.

在日コリアン」とか「被差別部落」とか「ブラジル移民」とか「中国引揚家族」とか「貧困」とか「障害」とか「女」とか……全部,最初に学ばせてくれたのはプロレスだった(「女」を教えるって,そっちの意味ではなしに).この順番で,私の関心の重点は,徐々にプロレスラーの裸体の背後に透けてみえる,これらの〈現実〉の方へと誘われていった.その気になれば,それを教えてくれるプロレス本はいっぱいあった.だから,何のオタクになる素質もなかった私も,それだけはむさぼり読んだ.プロレスは〈マイノリティ〉が最後に吹き寄せられてくる溜まり場で,けれどもそんな吹き溜まりは同時にカリスマに憧れ夢見ることができる「宝島」でもあった.「小人プロレス」って昔は「女子プロレス」の前座でやってましたよね.面白かった.みんな心から笑ってた.レスラーが「笑わせ」てた.「笑われ」てたのではなく.それを「笑われ」てる,と決めつけた人々によって,「小人プロレス」の世界,そこで生活の糧と生きる手ごたえとをつかみとっていたレスラー(とその予備軍)の生きる世界が奪われていった*1.「善意(正義?)の暴力」というものの輪郭を,ぼんやりとだけれども最初に教えてくれたのもやはりプロレスだったか.

「女子プロ界の猪木」とうたわれた長与千草(千種 6/18訂正)も,今みると不必要なくらいのきわどいコスチュームで闘ってますね.そして,そのファイトの質が醸しだすアウラ,カリスマ性の高さは,今でも目を見張るものがある.

長州力」の登場(いわゆる「かませ犬」発言を契機とする)が,当時の興行的文脈で使われた意味とは異なる次元で日本プロレス史において「革命」であったのは,それが日本プロレスの〈文法〉を変えてしまったからでしょう.〈人種/民族〉を記号化したレスラーたちが繰り広げる「勧善懲悪」スペクタルから,曖昧な「真剣勝負」幻想が拡散したもとで繰り広げられる,同じ「日本人」同士のあいだの,同じ価値階梯の頂点を奪い合う,嫉妬と羨望,信頼と裏切り,憎悪と友情あいまみれる「組織内権力闘争」絵図としての「日本プロレス」の誕生.

時あたかも80年代,総中流幻想のもとで「ナンバーワン」としての日本企業組織が聳え立ち,〈外部〉から遮断された〈内部〉の差異をめぐる闘争のみが最終審級であるかのような現実が現出した,あの時代.それが長州の時代だったといえるのかもしれません.

そして,「革命戦士」だったはずの長州が,ジャパン・プロレスを作って新日マットを飛び出し,全日本のリングを荒らしたかと思うと,いつのまにか新日にもどってきて,かつての猪木以上の〈独裁者〉におさまっているのを目にしたとき*2,「革命家もまた独裁者なり」という箴言五臓六腑にしみわたったわけです.「革命なんてロクなもんじゃない」.そのことを教えてくれたのは,フランス革命でもなく,ベルリンの壁社会主義国家の崩壊でもなく,やっぱりプロレスでしたよ,私にとっては.

曖昧な「シュート=真剣勝負」幻想のほうは,UWFというプロレスの鬼子を産み落とし,さまざまな変転を経て総合格闘技系の系譜をかたちづくるが以下省略.

そうして長州の登場と,前田日明(大阪の町工場の轟音の中で狂いそうになるほどの焦燥感にさいなまれていた,やはりコリアンの系譜にあった天才格闘家)率いるUWFの出現によって,〈文法〉がまったく変わってしまった日本プロレス界のなかで,馬場率いる全日本プロレスが採用した対抗軸が「王道プロレス」.あの三沢選手の登場によってはじめて可能となった,相手の技を受けて受けて受けきって,見る者の心を揺さぶるプロレス,それが90年代に産声をあげる.

三沢vs.小橋戦の衝撃はいまだに忘れられない.そこには長州的「組織内権力闘争」の論理とは異なる世界が垣間見られた.相手を信頼するが故のぶつかり合い,とでもいうのか.

そういう世界もあるのかもしれない...と思った.

いろんなことをプロレスは教えてくれた.

それにしても私,教養ないねえ,ほんとに(泣).プロレス以外のところでもっと学べよ.

またプロレス,見に行こっかな.

この間,結構たくさんYouTubeみた.過去の名勝負.いい世の中になったねぇ.IT社会?

*1:もちろん,過密日程の興行に出続けることによって「小人プロレスラー」に蓄積される身体的ダメージが医学的にみて無視していいレベルのものではない,という指摘はずっとあります.それを無視して言い訳ではないでしょう.いわんや,三沢選手があのような形で亡くなった今ですし.ただ,医学的健康管理の可能性云々の議論が一切振り返られることなく,「笑いものにしてはいけない」という「人権」の観点から「小人プロレス」が干されていったのは否定できないと思います.

*2:いや,ほんとにどうかは知らんけど.