子どもと学校の世紀

天野知恵子,2007『子どもと学校の世紀――18世紀フランスの社会文化史』岩波書店(2800円+税).

比較教育社会史研究会でのご報告を聞いたことがあるよ〜という天野さん待望の単著.門外漢のわたくしではありますが,非常になめらかで優雅な筆致に吸い込まれるように読了.18世紀フランスのイメージが(なんとなく)湧きます.

アンシャン・レジーム期の初等教育の普及を農村部の「小さな学校」に焦点をあてて描いた1章「すべての子どもを学校へ」,同じくアンシャン・レジーム期のコレージュ改革についての2章「国家を担う人材の育成」.この辺の総括の仕方の妥当性については専門家ならざる私には評価できませんが,少なくともこの時期の「空気」みたいなものは流れるように描きだされて秀逸と思います.

18世紀における「子どもの発見」――アリエス・テーゼを受け継いで,家庭のなかの親子関係の変容を追った3章「家庭から学校へ」.子ども向け定期刊行物『子どもの友』の分析そのものよりも,それを「寄宿学校」の増加という社会変化と結びつけて論ずるところが面白かったです.ラテン語重視で規律重視のコレージュより,現代外国語や自然科学などに柔軟に対応した「寄宿学校」の人気が高かったというのは,門外漢的先入観からすると意外だったりするのですが.寄宿料からは「寄宿学校」利用層の大雑把な類推が可能となるのですが,それ「以後」のライフコースが描かれないため,学校利用層の動機や学校利用のメリットの部分がいまいちよく分からないかな,と.

4章「『良い子』の誕生」が本書の白眉.「狡猾」(スラムドッグ$ミリオネア的な)から「純真・従順」な子ども像へ.それゆえにこそ愛でられる無力さが,革命に殉じる純粋さと高貴さへと読み替えられる.「愛国少年」が近代的な「新しい子ども像」を前提として初めて成立するプロセスに納得.

愛国少年のイメージは,十八世紀に一般化した新しい子ども像を前提として成立した.危険をかわす機知に富んだ子どもではなく,祖国に対する一途な思いから自分の命を捨てる子どもたちが,「純真」で「勇敢」であるとして大人たちからの賞賛を受けたのである.国家間や地域間での争いが実際に生じた際には,そんな「英雄」たちの記憶が,他者に対する子どもたちの敵意や軽蔑を煽り立てる役割を果たした.素直な「良い子」は国家に殉じる「英雄」となることによって,さながら凶暴な死神のように,子どもたちを争いに駆り立てたのである」(243頁).

ナショナリズム,近代家族,国民国家・・・・・・といった言葉すら使わずに,これらプロセスをイメージ豊かに描く力に歴史学の奥深さを感ず.

それにしても,これだけの本が2800円とは.この値段で売りに出せる力に岩波書店の奥深さを感ず.

子どもと学校の世紀―18世紀フランスの社会文化史

子どもと学校の世紀―18世紀フランスの社会文化史